「仕事と生活の調和」した働き方を 桜美林大学 准教授 鬼丸 朋子

『労働経済白書』にみる「ワークライフバランス」と少子化社会

 いま、少子化社会を克服するため、「ワークライフバランス」(仕事と生活の調和)が求められています。非正社員の増加など、雇用構造の転換が少子化社会の一因とする『平成19年版労働経済白書』(8月発表)を受け、中小企業における働き方について、桜美林大学の鬼丸朋子准教授に執筆して頂きました。

雇用戦略の転換が少子化の一因

 現在、日本の少子化は予想以上のスピードで進んでいます。たとえば、2007年11月に国立社会保障・人口問題研究所が発表した最新の将来推計人口をみても、女性や高齢者に対する雇用対策が進まない限り、2030年の労働力人口は2006年の6657万人から1070万人も減少すると試算されています。

 このような少子化に伴う労働力人口の減少は、経済成長の鈍化や年金や医療などの社会保障制度の破綻、ひいては国力の低下に繋がると危惧(きぐ)され、これまでもさまざまな次世代育成支援対策が実施されてきました。にもかかわらず、特殊合計出生率は85年以降、1度も2.0を超えることなく、ここ数年は1.2台の後半から1.3台の前半で推移しています。

 上記の危機的状況をふまえ、平成19年(2007年)版の『労働経済白書』では、「人口減少へと転じたわが国社会が、今後も持続的な経済発展を実現していくために」「仕事と生活の調和を図ることができる雇用システム」、すなわち「ワークライフバランス」(以下、WLB)推進を軸にしながら、日本の雇用システムを再考しようとしています。

 なかでも今回注目されたのは、企業がおしすすめてきた雇用戦略の方針転換が、労働者の労働と生活のあり方にもたらした変化の大きさです。

余裕のない働き方が正社員の生活を蝕む

 正社員にたいしては、個別労働者の仕事の内容・成果に基づく賃金決定システムを採用するとともに、その実現に資するような多様な労働時間制度を柔軟に適用する企業が増えています。また、バラエティに富んだメリハリのある教育訓練の実施を志向しています。その反面、このような人事・賃金システムの変化によって、正社員の働き方はますます余裕がないものになっています。処遇格差・賃金格差が拡大するなかで、労働者間競争と長時間労働が労働者の心身を蝕むまでに激化することも少なくありません。

 その結果、とくに男性の多くが、結婚したい相手どころかそもそも異性にめぐりあう機会自体がないという状況に陥っています。一方、正社員として働く女性も、企業の期待にこたえながら家庭責任を全うするのは、男性以上に難しくなるため、結婚や出産の先送りや産み控えを招きがちになるのです。

結婚に踏み切れない非正社員の「経済的恵まれなさ」

 一方、育児や介護などの理由で正社員としての働き方を諦めたり、正社員としての就職先をみつけられなかったりする者にとって、企業の旺盛な非正社員採用意欲が労働市場参入の1つの追い風となっています。

 しかし、非正社員として働くマイナス面も少なくありません。とりわけ、フリーターと称される若年非正社員への影響は深刻です。彼ら・彼女らのなかには、労働市場の構造的な変化によって次善の策として非正社員としての雇用を選択せざるを得なかったものも少なくありませんが、その労働条件は一般に正社員のそれを大きく下回っています。

 雇用は不安定で、賃金水準は正社員と比べて著しく低く、勤続を重ねても年収の上昇は見込みがたい。また、非正社員にたいする教育訓練実施は進んでおらず、高度な職業能力形成によるステップアップも難しいうえに、正社員への転換制度も不十分です。就業形態が多様化するなかで、非正社員のキャリア形成ならびに生活の充実に関する問題は、今後の課題として積み残されたままです。

 将来展望を描きがたい状況に置かれた非正社員は、金銭的余裕のなさから結婚に踏み切れなかったり諦めたりしがちな傾向にあるのです。結婚したとしても、子どもを持たない、あるいは本来望んでいるよりも少ない数の子どもを持つ選択をすることも多くなります。これは、子ども1人当たり平均2~3000万円かかるといわれる子育て等の家族扶養の負担に耐えられる非正社員が少ないことを物語っています。つまり、非正社員の「経済的な恵まれなさ」が、少子化の一因となっているのです。

WLBの推進は企業にプラス

 今回の白書のポイントは、このような状況の改善に必要なWLBの推進が、企業にとってもプラスになることを示そうとしているところにあります。

 すなわち、WLBによって、短期的には長時間労働の是正や仕事の効率化を通じた労働者の勤労意欲・労働生産性の向上が図られます(図参照)。さらに、中・長期的には、女性の労働力人口の上昇や少子化対策に貢献することを通じて、企業に必要な人材の確保が可能になります。そのうえ、今後の人口減少社会を支える社会的基盤づくりや、消費支出を通じた国内の経済循環の円滑な展開に役立つことも強調されています。

仕事と生活の調和を図るための制度を整備することの効果

資料出所 労働政策研究・研修機構「経営環境の変化の下での人事戦略と勤労者生活に関する実態調査」(2007年)

(注)
1)仕事と生活の調和を図るための制度とは、短時間正社員制度、在宅勤務制度、法定以上の育児休業制度等仕事と生活の調和に資する勤務時間制度や休暇制度等のことである。
2)無回答を除く。

(平成19年版「労働経済白書」より)

中小企業の強み「顔の見える関係」生かして

 では、どうすれば中小企業がWLB実現に向けて踏み出せるのでしょうか。なによりも、非正社員も含めて「同じ職場で働く仲間」に柔軟な処遇をおこなっていく姿勢が必要です。短時間正社員制度や柔軟な労働時間制度の導入といった制度的側面の充実も重要ですが、中小企業の強みの1つである「顔の見える関係」を大いに生かしていくべきでしょう。

 たとえば、各種制度を取得しやすい雰囲気づくりや、長期的な観点からの人材育成は、労働者に「働き続けていいのだ」というシグナルを送ることになります。また、制度が整っていなくとも、WLBにかかわる問題で悩んでいる仲間に対して、時差出勤や短時間勤務を認めるといった柔軟な対応も可能です。

 WLBは「それぞれの労働者が置かれた状況を理解しあい、お互いに譲り合う心を持てるような職場の実現」を目指すものであるともいえるでしょう。そしてその成否は、企業のトップが握っているといっても過言ではありません。

 まず社長から、WLBに積極的に取り組んでいただきたいと思います。もちろん同友会も、WLBに取り組む企業への情報提供や勉強会の開催など、さまざまなバックアップを講じる必要があります。

 また、困難な課題ではありますが、同友会全体で中小企業が適正な利益を実現できるよう積極的に声をあげることが求められるでしょう。現在の中小企業は、概して経費の削減によって利益を作り出す傾向にあります。このような状況では、WLBの実現に伴う企業の負担の増加を受け止めがたい面も出てくるかもしれません。

 今回の白書は、近年の中小企業の売上の伸びが大企業と比べて小さく、価格転嫁力も低下していることを指摘しています。一方、大企業が得た収益は、利益の拡大と企業の資産価値の維持・拡大に向けられ、労働者にも取引先である中小企業にも反映しきれていません。

 このような状況を変え、企業規模に関係なくWLBを実現するために、政府や財界にたいする働きかけをおこなうべき時期が来ているのではないでしょうか。

「中小企業家しんぶん」 2007年 12月 15日号より