郷土の味「鮒寿司」復活へ (株)飯魚(いお) 社長 大島 正子さん(滋賀)

(株)飯魚(いお) 社長 大島 正子さん(滋賀)

地域と農業の再生めざし、ニゴロブナの養殖に挑戦

 寿司の元祖といわれる滋賀・近江の「鮒(ふな)寿司」。その鮒寿司に欠かせない琵琶湖固有種「ニゴロブナ」が、水の汚染や外来魚に追われ、漁獲量は激減。価格は高騰、琵琶湖産以外の材料による鮒寿司も登場。「子どものころ食べたあの昔ながらの鮒寿司が食べたい」。そんな思いでニゴロブナの養殖に取り組む(株)飯魚(いお)社長の大島正子さん(滋賀同友会会員)を取材しました。

 (株)飯魚の安土加工場では、鮒寿司の飯漬け作業の真っ最中でした。

 3月末に卵だけ残して内臓を取り除き塩漬けしたニゴロブナを水洗いして塩を抜き、一晩干して水抜き。鮒のエラの下からご飯を詰め、樽の中にご飯と一緒に漬け込んでいきます。やがてぷつぷつと乳酸発酵が始まり、12月中旬には食べごろです。今年初めて量産体制を整え、2万匹を漬け込みました。

「農業では食べていけない」と家族会議の末

 安土町大中にある養殖池は、琵琶湖最大の内湖「大中湖」を「米増産」の国家事業として41年前に干拓した100ヘクタールの干拓地の一角にあります。

 41年前、1人あたり4ヘクタールの割り当てで入植した専業農家の父が20年前に急逝。まず妹が農家を継いだものの、「農家は採算が合わない」と家族会議に。「子どもたちにどんな農業を継いでいくのか」、話し合いが何日ももたれた結果、会社員をしていた大島さん夫婦が農業を継ぐことになりました。12年前のことでした。

 そして「食べていける農業を」との思いと、「おいしい鮒寿司を食べたい」との思いが結びつき、「この地にあい、付加価値のあるものを」と考えた末、ニゴロブナの養殖に取り組むことになりました。

 当初、国家事業として干拓した田んぼを養殖池にすることに、周囲の理解はなかなか得られませんでした。しかし、「コンクリートで固めるわけではない。田んぼを少し深く掘って水を張るだけ。琵琶湖の水を引き込み、薬も一切使わず、できるだけ自然の生態系を生かして育てる」、そんな養殖方法を熱心に説いてまわることで、農業者が内水面養魚施設として生産できることを理解してもらいました。

昔の琵琶湖を取り戻すことで養殖に成功

 養殖方法の確立にも5年かかりました。教えてくれる人もなく、手探りで研究を重ねるうち気がついたのが、「ミニ琵琶湖を作ればいいんだ」ということでした。

 琵琶湖はもともと、アシなどが茂る内湖が湖岸を取り巻き、「まるで湖の子宮のように」魚たちの安全な産卵場所となっていました。

 「琵琶湖の水を入れ、元のような内湖に戻せば、ニゴロブナも自然に育つのではないか」。池の底に鶏糞をまき、昔の琵琶湖のように、魚のエサとなる微生物が育ちやすい土づくりをし、外来魚とその卵が入り込まないように取水口も工夫。自然の生態系が復活してきた「ミニ琵琶湖」では、ザリガニがニゴロブナの稚魚を食べても、「それが自然だから仕方がない」と大らかです。

 ただ、養殖池だけで産卵を繰り返すと、ニゴロブナはどんどん小さくなり、顔つきまで違ってきます。そこで毎年、漁師に頼んで琵琶湖から獲ってきてもらったニゴロブナを養殖池に放すのですが、半分は県が放流事業で放流したニゴロブナのため、天然物だけ選ぶ作業が必要となります。今や天然かどうか、一目で分かるようになりました。

農業再生と環境の再生、地域活性化の両立を

 (株)飯魚は、2006年に滋賀建機(株)(蔭山孝夫会長、滋賀同友会会員)の資金協力を得て設立。ニゴロブナの養殖でついに自己資金を使い果たし、夫だけでも現金収入を、と就職した先がたまたま滋賀建機でした。あるとき、ニゴロブナの養殖に取り組む大島さんを紹介した新聞記事を目にした蔭山会長が、「君の近所らしいけど」ときいてきたことがきっかけでした。

 いま、この干拓地でも、栽培放棄地のようになった田んぼが増えました。後継者も減る一方です。

 大島さんは、「親から受け継いだ農地を生産手段として生かし、地元ならではの食品づくりに一緒に熱意を燃やしてほしい。協力を惜しまない」「地域の文化や環境を守ることで利益も上がる、地域も活性化する、そんな事例にしていきたい」と話します。

 郷土食の鮒寿司も、その漬け方を知る人が無形文化財に指定されるほど、貴重な存在となっています。飯魚では、鮒寿司の本場・沖島(琵琶湖に浮かぶ島)の老漁師から、昔ながらの純粋な作り方を若い人たちに伝える努力を始めました。

 「お客様の、おいしい、という言葉が何よりうれしくて、それが今まで続けてこられた源。それが私の働きがいです」。ひまわりのような笑顔が広がりました。

会社概要

設立 2006年
資本金 1000万円
社員数 2名(役員)、パート5名
業種 ニゴロブナの養殖、鮒寿司の加工販売
所在地 滋賀県愛荘町北八木
TEL 0748-46-6554

「中小企業家しんぶん」 2008年 8月 5日号より