「とことんおいしい」にこだわりつづけ~農業生産法人(株)早和果樹園 社長 秋竹新吾氏(和歌山)

有田みかんの生産農家が、加工品の製造・販売で全国へ発信

 みかん農家7戸の共撰から始まった(株)早和果樹園(和歌山同友会会員)。生産から加工、販売をトータルに考えた6次産業としての発展をめざし、6月末決算では前年度比168%の売上を達成。「同友わかやま」から要約転載します。

みかんの生産日本一の和歌山

 みかんの生産量が日本一の和歌山県。中核となる「有田みかん」は地域団体商標登録がなされています。急峻な段々畑で生産され、排水の良さと温暖な気候で味の濃いおいしいみかんができます。

 450年ほどの栽培歴史がありますが、天候、相場に左右され、所得が不安定で後継者が現れにくく、あと数年のうちにはかなり変化が出てくるのではないかと危惧(きぐ)しています。

7戸の農家で共撰

 われわれ農家の長男は、全国で1校しかない吉備高校柑橘科を出て農家を継ぐことに疑問を感じず、就農した当時はみかんが高値で取引されていました。

 1968年、政府の減反政策で、九州などでのパイロット事業での栽培が推奨され、大変な時代が来ると言われつつも、まだ先のことと思っていました。が、68年の暴落に続いて72年の大暴落を体験。その後、みかんから他の作物への転換に助成金が出され、すぐに200万トンを割るような効果がでました。

 80年代の中ころ、みかんに格差が出てきたことで、私たちにもおいしいミカンを作ろうという意欲が湧(わ)いてきました。

 79年に、私(当時34歳)が中心となって同年代の後継者が集まり、7戸のみかん専業農家で「早和共撰」を創業。小規模共撰のわれわれは、品質で「とことんおいしいみかん」「ほんまもん」で勝負していこうと誓い合いました。

1億円売り上げてハワイに行こう

 まず、品種更新して、10月の終わりから出される早生の完熟みかんに取り組みました。「1億円売り上げてハワイに行こう」というスローガンを立てて取り組んだところ、91年、目標を達成。7戸の農家14人でハワイ旅行に行き、達成感と充実感を味わいました。

 夏場に採れる「ハウスみかん」の栽培にも取り組みました。20年ほどは中元商品として重宝されるなど高値で取引されましたが、マンゴーなどの新しいもの、めずらしいものに押され、燃料の高騰などでコスト高にもなり、採算が合わなくなりました。

後継者が生まれ法人化

 7戸の農家のうち4戸に後継者ができ、今後どうすればいいのか、が話題に上がってきました。

 若い人たちも、「親父と同じように、自分で作ったものは自分で売っていきたい」という考えであり、法人化してきっちりとした体制・組織にして、計数管理も事業計画も整備していくことになりました。

 当初、1戸が1票の農事組合法人という案も出ましたが、先行き残った1人でもやっていけるようにと会社法人とし、7戸の農家の13人と後継者4人が出資して、2000年11月に有限会社早和果樹園(後に株式会社)を設立しました。

 撰果場も増設し、味も統一化できるよう光センサーの機械を入れました。農業法人として、国・県・市から補助事業の支援を受け、残りも農業近代化資金からの融資を受けてスタートしました。

「まるどりみかん」で勝負

 有田みかんは日本一の生産地であり、栽培技術も上がってきているのに、東京でのブランド力が弱く特徴を出せずにいました。そこで、和歌山県有田振興局・JA有田と早和果樹園とで、夏場の天候の悪い時にも、おいしいみかんができるマルドリ栽培を取り入れ、高品質のみかんで勝負していくことにしました。

 県の支援を受け、東京築地市場を軸にして、東京の高級スーパー新宿高野に、「まるどりみかん」として納品できることになりました。バイヤーさんは現地にまで足を運び、若い後継者たちが懸命にマルドリ栽培に取り組む姿を見て、高く評価してくれました。新しい技術に若い人たちが一生懸命になり、そのことが高く評価されるのは非常にうれしいことです。

「味一しぼり」で加工にも参入

 2003年から加工を手がけることになりました。

 こだわりの商品が注目されつつある兆しもあり、おいしいみかんからしか作れない100%ジュースをつくるために、とことんおいしいみかんだけを絞ろうということになりました。通常の100%ジュースの糖度は10度前後が多いのですが、12度以上の味一みかんを原料にした「味一しぼり」をつくりました。

 加工品の販売に関しても全く知識がなく、戸惑いがありました。

 初めて絞られたジュースを自分たちで試飲してみると、今までに味わったことのない、おいしいジュースができたのですが、それがどれほどのレベルなのかが分かりませんでした。

 そんな時に、県ブランド推進局紹介のプリンスホテルの料理長の「私は30数年、料理に携わってきているが、こんなにおいしいジュースは初めて」という言葉に自信をもちました。

 三越百貨店のバイヤーさんも、「これだけのジュースは日本にない」と、720ミリリットルが1260円という値段をつけてくれました。「高すぎるのでは」と不安に思いましたが、今となってはそれが正解だったように思います。

全国発信し、商品開発につなげる

 東京にできた和歌山県のアンテナショップ「喜集館」のオープン時期と重なったことも幸運でした。開店1年目、年間売上2位にランキングされました。

 値段が高いので、棚に置かれているだけではなかなか売れません。飲んで味わっていただかなくてはと、土日祝祭日には社員が試飲販売に出かけています。

 若い人のみかん離れが心配されますが、若い人たちが試飲して「めっちゃ、おいしい」と言ってくれるのを聞いて、「おいしいものであれば、まだまだみかんも大丈夫」と自信を持ちました。

 社員はお客様の反応を見ていますので、ぶれのない商品開発ができるのではないかと思っています。

 商談会にも積極的に参加し、こだわりの加工品を扱ってくれる全国各地の人から、さまざまな話を得ることができました。

 メルシャンからは、「和歌山早和果樹園有田みかんのお酒」として売り出されることになりました。

 伊藤忠商事の社員さんには、味一しぼりでゼリーを作れないかという提案をいただきました。その提案を基に、徹底的に味一しぼりにこだわった「味一ジュレ」(ゼリー)を、昨年発売しました。夏には、対応が追いつかないほどの需要がありました。

生産から加工、販売までの6次産業化

 加工品が広がってくると同時に、家族農業の中心であるお母さんたちが加工に携わる割合が大きくなり、毎月給与として安定した収入が入るという魅力もあって、お母さんたちは一生懸命。逆に個々の農家で手が足りない状況になってきました。

 そこで、生産のほうも会社でやっていこうということになりました。生産・加工・販売をトータルにして考え、生産は1次産業、加工は2次産業、販売は3次産業と、合わせてもかけても6になる6次産業化を進めています。

 社員も増え、常勤社員は26人になっています。農家以外からも若い社員が就職してくれるようになりました。

 食の安全に関しても、三越百貨店など当初から高レベルのところと取引があり、残留農薬の分析資料を求められるなど、トレーサビリティも万全です。

 営業も、これまでは私1人で担ってきましたが、若い人が育ってきており、任せると非常によく頑張ります。私は時間的余裕もとれるようなってきました。

 今年の年頭所感には、「自分たちの会社をしっかりとしたものにしていけば、地域社会にも貢献できる。とにかく、前を向いて進めていこう」と書きました。

会社概要

創業 1979年
設立 2000年
資本金 3000万円
年商 2億7000万円(2008年6月)
社員数 26名
業種 みかんの生産・共同撰果・農産加工・出荷販売など
所在地 和歌山県有田市宮原町東349-2
TEL 0737-88-7279
http://www.sowakajuen.com/

「中小企業家しんぶん」 2008年 11月 15日号より