「エネルギーシフト」へのアプローチ(岩手編)(5)

中小企業家の知恵を結集すれば、必ず実現できる~エネルギーシフト運動へ

夢しか実現するものはない

 桜の花びらが舞う4月29日、かさ上げが終わったJR大船渡駅周辺に約30店舗の商店が並ぶキャッセン大船渡(田村滿社長、岩手同友会会員)がオープンしました。大船渡では最大高11・8メートルの大津波が中心市街地を襲い、400名あまりが犠牲となりました。東日本大震災から6年が経過する中、その地にかつての賑わいが戻ってきました。

 敷地内のホテルでは、岩手同友会の気仙支部総会が行われました。「夢しか実現するものはない」をテーマに講演に立った葛巻町の鈴木重男町長は、震災直後にがれきの中をくぐり抜け、ありったけの食料と燃料を持って沿岸に入り、町長自らが先頭に立って炊き出しを行いました。それは1人の経営者としての判断でした。

 20年前、当時くずまきワイン(葛巻高原食品加工(株)、岩手同友会会員)で町職員から常務として経営に携わっていた鈴木氏は、岩手同友会で副代表理事まで歴任され、その後町長に就任しました。「ミルクとワイン、クリーンエネルギーの町」は当時からの旗印。それから20年、若い世代に世界から葛巻を見てもらおうと、地元高校生の欧州視察を継続してきました。また牧場でも、葛巻高校でも全国から希望する人はどんな人でも受け入れ、大自然と人間とかかわり合いの中で育ち合ってきました。

 鈴木氏は話します。「最も情報が集まるのがトップ。それをもとにさまざまな判断や決断をする。同様に将来のビジョンを描くことも経営者にしかできないこと。『後で必ずわかってくれる』、と信じて先の姿を大胆に描いていくしかない」。1周遅れのフロントランナーを自称していた鈴木町長ですが、最近では1周前に進んだランナーになりつつあります。

理念を貫く意志

 昨年10月に行われた岩手同友会の第3回目欧州視察の最後に、ドイツのバーデン=ヴェルテンベルク州にあるミネラルウォーター、自然素材原料の清涼飲料水製造メーカーの、オッティリエン クウェッレ社を訪問しました。

 どんなにペットボトルが主流になっても重い瓶容器のみを使用し、ラベルに経営理念を表示し、自社工場の50キロメートル圏内の販売にこだわってきました。会長さんは140年前の吹きガラスの容器を手に会社の歴史、どんなに容器としての瓶の機能が素晴らしく、中身もおいしいか、止めどなく私たちに語り続けます。

 後継したフライシュマン社長は、「もうだめかと思った時期もあった。でも社員とも何度も話し、理念を決して曲げなかった。今では私たちの貫いてきたことが見直され、過去最高の売り上げ、利益です」。自然素材の原料と瓶利用にこだわり、太陽光発電で生産ラインを稼働させ、工場から地域に熱供給をしながら、地域から絶大な信頼を得て狭い範囲での販売に特化する。

 「経営理念とは、社員とは、お客様とは、地域とは…」いつのまにか、予定時間を遙かにオーバーしての私たちとのグループ討論に、まさに「労使見解」の精神は世界共通と実感した感動的な場面でした。

若い世代にしかできないこと

 毎月行われているエネルギーシフト研究会。先日は岩手大学の学生が参加しました。トビタテ留学Japanの岩手版第1期生に申し込んだ2人です。事前に10日間、岩手の企業でエネルギーシフトに関し一緒に考え、海外に留学。その先で岩手同友会の欧州視察と合流し、帰国後再び10日間、私たちと膝を交えて地域の未来を考えるプログラムです。「真剣に議論している皆さんの姿を見て、どうしたら私たちの体験を地域の未来づくりに生かせるか、一生懸命考えたい」。その目は透明で輝いていました。

 私たちがこれまで見てきた欧州では、明確なビジョンを掲げ、こうした若い世代も含め、立場をこえた丁寧な意見交換の場を持ち、その中で中小企業が中心となり地域資源を最大限に生かし、新たな事業を地域に創造していく、そんな逞しい姿がどの場所にもありました。

私たちが新たな未来を開拓する

 4年前、同じ大船渡で行われた気仙支部7周年記念講演会での故赤石義博前中同協会長の言葉を再び思い返します。

 「たとえ人口が大きく減少しても、生きる、くらしを守る、人間らしく生きることが可能な地域を、中小企業家の知恵を結集すれば、必ず実現できる」。私たち自身がどんなビジョンを描くか。まさにエネルギーシフトの実践への挑戦は、同友会運動そのものの歴史をつくっていくことになります。

 岩手は大震災を経て、他の地域よりも早く、急激な人口減少と少子高齢という大きな地域の課題を迎えました。だからこそ先輩方が歴史をつくってきたように、今度は私たちが新たな未来を開拓する。これからもそんな誇りと気概を持ってエネルギーシフト運動に臨んでいきたいと考えています。

(終)

岩手同友会事務局長 菊田 哲

「中小企業家しんぶん」 2017年 5月 5日号より