生き心地のよい地域づくりへ

日本で最も自殺の少ない町。えっ!同友会?

 日本には年間3万人の自殺者がいると長い間言われてきましたが、近年は多少、少なくなっています。日本は極めて自殺者が多い国ですが、地域によっては自殺率が突出して低い地域があります。この地域を知ることが自殺の予防に役立つのではないか、と岡檀氏(慶應義塾大学SFC研究所・上席所員)は調査・分析しました。本稿はそこに学ぶべきことを取り上げます。

 全国3318「旧」市町村すべての30年間の自殺統計を調べ、その中で最も自殺が少ない町が、徳島県旧海部町(かいふちょう)でした。人口10万人あたり自殺率平均値は8・7。ちなみに両隣の町の数値は26・2と29・7でした。海部町は現在は、合併して海陽町になっていますが、徳島県の南端にあり、太平洋に面した小さなまちです。

 実は同県には、自殺が多いA町があり、人口規模や高齢者率など海部町と似ています。住民アンケートなどの検証の結果、海部町には、自殺の危険を軽減する要素があることが分かりました。

 第1に、緊密すぎない、ゆるやかな人間関係であることです。「日常的に生活面で協力しあって暮らしています」という項目では、海部町は16・5%、A町は44%と非常に大きな差があらわれました。これまで、人間関係が希薄だから自殺が増える、だから強い「絆」が必要だという理解でしたが、結果は逆で海部町はゆるい人間関係を保っているわけです。

 第2に、海部町では多様性の維持にこだわる傾向があります。海部町には、江戸時代から続く相互扶助組織「朋輩組」という組織があり、ユニークな特徴をもっています。それは、入会も退会も本人の自由であるという点です。この手の組織では通常許されません。実際、海部町の隣の町では、「三代続けてこの土地に持ち家を持つ家筋の者のみに、入会を許す」という不文律が今でもあります。

 第3に、「どうせ自分なんて」と考える人が少なく、有能感(自己効力感、信頼感)を持った人が多いのです。「あなたは自分が政府を動かす力はないと思っていますか」という質問があり、海部町26・3%に対して、A町は51・2%。A町はじつに半数以上の人が無力感を抱えています。

 第4に、SOS発信を促すことです。海部町に伝わることわざに、「病、市に出せ」があります。「病」とは、病気も含め生きていく上で遭遇するいろいろなトラブルのこと。「市」とは、オープンな場という意味です。なにか悩みをかかえたら抱え込まず、早く周囲に知らせなさい、と言っています。

 小さな町が非常に民主的で近代的な気風を保ってきた背景は歴史にあると見られます。江戸時代初期、材木の集積地として隆盛した同地には、一攫千金を夢見て各所から裸一貫の移住者が集まってきました。

 その結果、出自や家柄にこだわることもなく、フラットな関係性のなかで互いが異質な他者を尊重しながら支え合うコミュニティが形成されてきました。木材産業が高度成長期まで続いたことと、人の出入りの激しい都市でなかったことが気風を維持することにつながったと思われるとのことです。

 ちょっと、同友会と似た雰囲気を漂わせています。豊かなヒントを与えてくれる事例になりそう。

(U)

「中小企業家しんぶん」 2017年 8月 15日号より