譲る側の思惑 譲られる側の困惑/譲った側の困惑 譲られた側の思惑

【連載 福岡事業承継塾】第4回 (株)彩(いろどり) 代表取締役会長 林田 達(創業者)/代表取締役社長 林田 選(後継者)

 事業承継をテーマとした本連載。創業者と後継者の本音を(株)彩代表取締役会長の林田達氏、代表取締役社長の林田選氏から紹介します。

後継者入社以前

達氏(創業者) (株)彩は、街を彩る会社にしたい、そこで働く社員の人生を豊かに彩りたいという思いを込めて設立した会社です。会社設立の2カ月後に現社長の長男が誕生しました。会社と子どもを同時に育てました。

 デザイン会社は、才能と技術を持ったプロフェッショナル集団です。技術を持ったトップでなければ人はついてきません。

 公務員希望の母親の反対を押し切って、息子がデザイン科のある高校・大学へ進学したことをきっかけに将来は後継者にすることを決意しました。

選氏(後継者) 幼少から絵を描くことが好きだったので、同じデザイナーの職に就きたいと思っていましたが、跡継ぎについては考えていたというよりは、将来の可能性の1つとしてぼんやりとしたイメージを持っているだけでした。

 父は日曜日しか顔を見ることはなく無口な人でした。休日に家族で食事に出かけたのですが、今思うと客が回転してないファミレスへのダメ出しや、祖父の「人に使われるな」という話をよくしていたり、普段の話の中に経営学が散りばめられていたような気がします。

彩入社

達氏(創業者) 他社で修行後の入社時、特別扱いはしませんでした。新入社員と平等に育てるためトイレ掃除からはじめました。下積みを経験することで人の心の痛みがわかる人間になってほしい思惑でした。

選氏(後継者) デザインが上手になりたい一心で親の会社に入社したので下積みは当たり前であり特別扱いしてほしくありませんでした。

 父親が社長なだけで後継することはほとんど考えておらず、この時点でも将来の選択肢のひとつでした。

平社員時代

達氏(創業者) 親子間での承継の難しさをつくづく感じました。

 当時社長の私としては父親と企業のリーダーとしての2つの目線で見てしまいます。子ども教育の延長線上で見ると甘くなり、社員としてみると物足りなく見えて、少しのミスでもお説教です。息子は干渉として反発します。

 この時期は、会話もない目線も合わせない状態でした。

選氏(後継者) この時期が親子間の承継で一番ストレスがMAXの時期です。

 「自分で考えてやれ」と言うくせに、自発的にやると「勝手にするな」と説教されるので、何をして良いのかわかりませんでした。かといって何もせずにいると、「自覚して何かやれ」とお説教ループで先が全く見えず、後にも先にも初めて会社を辞めようと思いました。

副社長就任

達氏(創業者) 同じ土俵で対等の目線で話し合いができるようになったのは、経営指針書づくりを任せてからです。

 これにより息子は私と同じ方向を見られるようになり、会社の全体像が掴め、社員とのコミュニケーションも深まりました。

 私の話をただのお説教と受け取らないようになりました。

選氏(後継者) 「何してもダメなら、ここにいる意味は無いから辞めよう」と辞める方向で考えていたので悶々とする毎日を送っていました。

 しかしある時、会社を辞めたら最も路頭に迷うのは残された社員であることに気づき、これからは社長のことを考えながら仕事をするのじゃなく、社員のことを考えながらこの会社を良くしようと決意しました。

また創業者は「野生の経営者である」のに対して、2代目は「社員育ちの経営者」。社長になるまでの経緯や勘と理屈が違うのでもちろん理解しあえない。

 お互いが理解できないのに、無理に理解させようとするから反発が起きるので、お説教を全て「はい」だけで応えるようにしたら衝突がなくなりました。

社長就任

達氏(創業者) 10年計画でスタートして、10年目で社長を交代し私は会長になりましたが、譲ってからが本当の社長教育だと思いました。

 その立場にならないとわからないことが多くあり、会社のため社員のために計画を5年延長して15年計画としました。点をつなぎ、線で考えると方向性と未来も開けてきます。

 同時に、困惑の始まりです。社長交代の瞬間から主導権が逆転。譲った側はこんなはずではなかったと困惑しました。譲られた側はもっと思った通りやりたい思惑があり、新しいつばぜり合いが始まりました。

選氏(後継者) 事業承継10年計画の10年は承継のための10年であり、経営者として学ぶところは経営者になってからしか学べないと実感しています。

 会社にとっての象徴である創業者と一緒に経営できることは大きな支えとなっています。

 経営理念や築かれた社員を大切にする社風といった憲法は変えません。しかし、家業を脱するために親族でなくても承継できる企業経営、社員のやりがいを高めるために法律や制度は時流に合わせて、社員を巻き込んで変えていくつもりです。

 「時代に合わせて社員と一緒に」が創業者にとって困惑するところのようです。

それぞれの思い

達氏(創業者) 自社株は現在譲渡中です。頭の痛い問題です。今後は株式譲渡が一番のネックになりそうです。もっとはやく取り掛かっていればよかったと後悔しています。

 後継者決定は息子が学生時代に決心したので、時間的余裕もあり、将来会社を渡す時に自信を持って譲れる会社を創っておこうと目標もできてよかったと思います。

選氏(後継者) 極端な言い方をすると「譲られる側は“事業承継”に関しての決定権は一切ない」ということです。

 決定するのは先代なので、その覚悟を持てるかが大切ではないかと思います。

「中小企業家しんぶん」 2017年 12月 15日号より