「金融検査マニュアル」への提言

金融庁から4月12日に「金融検査マニュアル別冊 中小企業融資編」が公表されました。この公表に伴って金融庁ではこのマニュアル別冊へのパブリックコメントを募集し、中同協ではこの募集に応じ、意見を述べたものです。

パブリックコメント「金融検査マニュアル」への提言
~「金融検査マニュアル別冊(案)中小企業融資編」への意見~

金融庁殿
2002年5月15日
中小企業家同友会全国協議会 会長 赤石 義博

はじめに

 私たち中小企業は、長期不況と構造転換の時代を積極果敢に生き抜いてきました。厳しい状況の中では、恒常的に自己資本不足の傾向が強い中小企業に対し、適時適切な機動的融資を実行する金融機関が期待されています。しかし、「金融検査マニュアル」の画一的運用は中小企業金融を人為的に不安定にさせています。私たちは、この間「マニュアル」をもとに地域金融機関の金融検査が進められ、結果として地域金融機関の破綻・淘汰につながっていることに強い危惧を抱かざるを得ません。金融庁は、「金融機関の合併促進」でなく、地域金融機関が取引先中小企業を支援し、経営改善を促進することを重点にした施策を進めるべきです。

 中小企業家同友会全国協議会(中小企業経営者4万名で構成、http://www.doyu.jp/)は、自助努力を前提として中小企業経営の立場から金融検査マニュアルのダブルスタンダード化を提案してきました。この度、金融庁検査局から「金融検査マニュアル別冊(案)中小企業融資編」が出されましたが、具体的な運用例を公表して意見を求めるという姿勢を大いに評価するとともに、私たち中小企業家の意見・提案の一部が反映したものと受け止めています。しかし、金融取引での借り手側の立場からは、より拡充していただきたい点などがあり、以下に当会の意見を表明致します。また、より明解な判断のためには、中小企業向け融資では中小企業の実情に沿った別の基準の「マニュアル」の作成・適用が必要であると考え、私たちの独自案も付記し、併せて本件への意見とさせていただきます。関係各位の格段のご理解とご努力を望むものです。

1、「金融検査マニュアル別冊(案)中小企業融資編」等への意見

(1)自己査定結果の検査を省略できる与信額の拡充

 与信額が2000万円(又は資本の部合計の1%のいずれか小さい額未満の者)以下の債務者については被検査金融機関の自己査定に委ねることができるとしているが、与信額の5000万円程度の債務者まで拡充すること。

(2)ランクアップ支援を主とした債務者区分の判断

 大企業は債務超過に陥れば、即経営破たんに結びつくケースが多いが、中小企業は債務超過でも存続できる場合が多い。信用金庫の調査によれば、2000年3月末時点で、過去3年間連続して債務超過の法人先のうち、1年を経過した時点で経営が存続している法人の割合は96.3%との数値を示している。マニュアル別冊が、債務者区分のグレーゾーンにある赤字・債務超過企業の13事例を例示し、代表者の個人資産の加味や信用力、技術力などを勘案して判断する姿勢は評価できる。したがって、債務超過企業であっても、経営改善計画書が合理的に策定され(ただし策定期間を5年間に限らない)、金融機関が債務者区分のランクアップ支援の意向があり、期間の利益を確保できていれば、すべて要注意先以上に評価すること。

(3)意見具申制度の情報開示

 検査官と当該金融機関との債務者区分等で「見解の相違」がある場合、意見具申制度が設けられており、これまで約100件の申立の半分程度で金融機関の言い分が認められているという。名前を伏せた上でこれまでの金融機関の申立とそれに対する金融庁の判断を情報開示すべきである。また、借り手側が債務者区分等で「見解の相違」がある場合も、意見を申し述べられる制度を検討すべきである。

(4)中小企業向け「金融検査マニュアル」の必要性

 マニュアル別冊(案)は、「中小・零細企業等の経営実態の把握の向上による適切な検査の運用確保のため」に作成されたが、多くの説明を要する個別の事例集が求められること自体が別の基準を必要としていることの証左である。検査官が事例集の例示にとらわれて、狭く解釈する恐れもある。特に、減点査定が中心で、当該中小企業への加点に対する判断に個人差が強く出る可能性がある。より安定した解釈、判断とするためにも下記のような大企業とは別の中小企業向け融資基準が求められている。

2、「金融検査マニュアル」への意見―中小企業向け「金融検査マニュアル」の提案

(1)自己資本比率算出での中小企業貸出リスクウェイトの引き下げ

 自己資本比率算出にあたってのリスクアセット比率について、貸出資産の評価を改めること。特に、中小企業貸出のリスクウェイトを引き下げること。国債をリスクゼロ、企業貸出をリスク100%としているのは実態からして疑問。有価証券比率が高まれば逆に変動リスクにさらされやすく、例えばアルゼンチン債がリスクゼロであるのはおかしい。また、小口分散化によるリスク軽減効果を評価し、リスク比率を100%から下げるべきではないか。例えば、中小企業の不動産担保部分のリスクウェイトを住宅ローン同様に50%に下げるべきである。

(2)自己査定における債務者区分について

1)債務者区分の簡略化・・・債務者区分を現行の5区分から新たに3区分に改めること。現行の5区分から、中小企業の経営実態に沿った区分、例えば、「普通先」、「要注意先」、「破綻先」の3区分に編成替えする。

2)中小企業の経営実態に適合する債務者区分の判断基準の採用・・・債務者区分の判断基準を一律機械的に行うのでなく、中小企業の経営実態に適合する常識的な基準に変えること。例えば、要管理先は、年商を超える貸出、営業利益の赤字など中小企業経営の常識から判断して妥当であるものとする。貸出条件の変更は中小企業経営では日常的にとられる措置であり表面的な区分は合理性に欠ける。

3)債務者区分判定での定性要素の重視・・・債務者区分等の判定では、財務状況以外の定性要素として、当該企業の業歴や雇用状況、経営指針(経営理念・方針・計画)の確立状況、創造法・経営革新法・ISO等の認定状況なども勘案すること。

(3)貸出条件緩和債権について

1)条件緩和債権の限定・・・中小企業の貸出条件変更と貸出条件緩和を区別し、貸出条件緩和債権は要注意先の中でも財務内容が特に悪く、破綻懸念先に近いものとすること。多くの中小企業は返済と借換を繰り返す資金繰り返済で経営を維持してきたが、例えば、収益返済に変更するための債務の圧縮などの条件変更は貸出条件緩和債権とすべきではない。

2)元本返済猶予債権の金融機関の自己責任での区分・・・中小企業の元本返済猶予債権は、一定期間内は被検査金融機関の自己査定に委ね、検査の対象外とする。(2)2)でも述べているように中小企業は当面の資金繰りカバーを目的とした条件変更も多く、実情を把握している個別金融機関の自己責任において一定期間は対処できる仕組みの方が合理的である。

3)保証付融資の条件変更の特例・・・保証協会保証付融資や安定化特別保証融資の条件変更は、貸出条件緩和債権とみなさないこと。保証協会付融資は中小企業育成という信用保証理念に基づく政策融資であり、安定化特別保証制度は貸し渋り対策として実施されており、深刻化する不況の中で保証期間の延長などの対策が政策的に認められているので特別な措置をとるべきである。

3、もう一つの基準としての金融アセスメント法の制定を

 「金融検査マニュアル」では、「将来を見越した融資」はできにくい。金融機関の健全性を示す指標として機械的な自己資本比率のみで計るのは限界がある。我々は、健全性の他に社会性・公共性の指標から評価する金融アセスメント法を提唱している。

 金融アセスメント法は、個々の金融機関の営業実態を「地域への円滑な資金供給」や「利用者利便」の観点から公的機関が評価・情報公開をし、金融機関の選択を利用者の判断にゆだねる仕組みとして構想された。これは、アメリカの「地域再投資法」をモデルとし、公正な取引条件の拡充と地域経済の発展に貢献する金融機関を選択することで、地域や中小企業にとって望ましい金融機関を支援し、育成することを狙いとした法律である。

 金融機関の評価を公開する項目は、例えば、地域貢献度として地元貸出比率や取引率、地域貢献の状況。また、中小企業貢献度としては、中小企業貸出比率や物的担保と無担保貸出の比率、女性企業家・NPO等への融資実績。さらに、取引公正度として融資基準及び融資拒否理由の書面通知の有無、苦情処理ルールの有無などをあげている。このような地域・中小企業への「お役立ち」の経営姿勢は金融の本来の理念に合致するものであろう。

 このような考え方は金融界にも理解が広がっている。例えば、長野幸彦・全国信用金庫協会会長は、「自己資本比率のみで金融機関、特に信金経営の健全性を見るのはいかがなものか。・・・いまクローズアップされている金融アセスメント法の、地域に密着し使命を発揮しているかどうかを金融機関の健全性の尺度とする理念には賛成だ。」と述べている(「ニッキン」2002年2月22日付)。

 実際アメリカでは、自己資本比率規制に集約される経営健全性評価とともに、「地域再投資法」(CRA)での評価が、監督官庁の金融機関に対する公的監視機能となっている。また、金融機関の側もCRAを受身でとらえるのでなく、地域貢献・密着の中で顧客ニーズを把握し、新しい市場開拓につなげるところも多いと聞く。

 いま問われているのは、「マニュアル」だけでなく、21世紀にふさわしい金融システムをどうつくるかであり、関係各位の地域と中小企業に目を向けたご努力を切に願うものである。

以上