●2006年 6月 25日号 |
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▼村上ファンド事件は改めてさまざまな問題の存在を浮き彫りにしている。このスペースでは具体点の取り上げは無理であるが、現象の母胎がアメリカ流グローバル主義=新自由主義の流れの中にあることだけは知っておきたい。 ▼村上容疑者に対し、当初はアクティビスト(行動する株主)として評価していたが、結局グリーンメーラー(乗っ取り屋)であったと非難する論評も少なくない。もっともらしい発言に聞こえるが、個人の予期せぬ変節といえば、論評者本人には責任がなく、識者として通用するということなのだろうか。 ▼改革を目指すNPOならいざ知らず、利益市場主義のファンドにアクティビストであることを求めるのは見当違いというものである。ファンドには高配当のみを目指した出資者が群がっている。それにこたえられなければ極論的には倒産か事業中止に行き着くのである。 ▼単なる効率と企業の利益極大化風潮を促しながら、跳ね上がり者の勇み足の指先だけを法に問うに似たやり方に空々しささえ感ずる。 ▼無駄は省かねばならない。しかし、とくに経済・社会法には環境問題、万人の幸せ実現の観点から、公正で抜本的吟味が必要と思う者は多いのではないか。 「中小企業家しんぶん」 6月 25日号より |
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