中小企業の実態・ニーズに即した新しい会計ルール 「中小会計要領」とは

支援施策も創設~積極的な活用を

 「中小企業の会計に関する検討会」(事務局:中小企業庁・金融庁)が公表した「中小企業の会計に関する基本要領」(以下、中小会計要領)とはどのようなものか、以下にその内容をQ&A方式で概説します。

Q1 中小会計要領はどのような会計をめざしていますか。

A1 中小企業の実態やニーズに即した会計をめざします。第1に、中小企業の経営者が活用しようと思えるよう、自社の経営状況の把握に役立つ会計です。第2に、中小企業の利害関係者(金融機関、取引先等)への情報提供に資する会計。第3に、中小企業の実務における会計慣行を考慮し、会計と税制の調和を図った上で、会社計算規則に準拠した会計。第4に、計算書類等の作成負担は最小限に留(とど)め、中小企業に過重な負担を課さない会計です。

Q2 中小会計要領は誰でも使えるのですか。

A2 すべての中小企業が利用できます。ただし、法令等によって、その利用が強制されるものではありません。中小会計要領は、2005年から運用されている「中小企業の会計に関する指針」(以下、中小指針)と比べて簡便な会計処理をすることが適当と考えられる広範な中小企業を対象としています(図「中小会計要領の位置づけ」〈日本商 工会議所作成〉 参照)。

中小指針は、会計専門家が役員に入っている会計参与設置会社が拠(よ)ることが適当とされているように、一定の水準を保った会計処理を示したものです。中小企業は要領か指針のどちらでも利用することができます。

Q3 中小会計要領にはどのような特徴がありますか。

A3 第1に、A(1)で述べたように中小企業会計の実務に配慮した内容になっています。各論では、多くの中小企業の実務において実際に使用され、必要と考えられる項目(勘定科目)に絞り、簡便な会計処理等を示しています。

第2に、国際会計基準の影響を受けないことを宣言していることです。中小指針は、大企業用の会計基準の簡略版と位置づけられたため、国際財務報告基準(IFRS)の改訂に影響され、毎年のように改訂が加えられ、大企業用の基準に近づいていると言われています。中小会計要領は国際会計基準の影響を受けないことを特徴としています。

第3に、記帳の重要性を強調していることです。「本要領の利用にあたっては、適切な記帳が前提とされている。…記帳は、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って行い、適時に、整然かつ明瞭に、正確かつ網羅(もうら)的に会計帳簿を作成しなければならない」としています。取引発生後すぐに記帳して残すという当たり前のことが大切です。「帳簿は税務申告のためだから、申告に間に合うようにまとめてつければいい」という「まとめ記帳」は会計の信頼性を毀損(きそん)し、経営を危うくします。

第4に、実現主義、発生主義、取得原価主義を重視していることです。実現主義とは、収益が実現した時点で収益を認識するという考え方です。中小会計要領では「収益は、原則として、製品、商品の販売又はサービスの提供を行い、かつ、 これに対する現金及び預金、売掛金、受取手形等を取得した時に計上する」としています。発生主義は、収入や支出があった時点(現金主義)ではなく、経済価値の増加や減少の事実に基づいて計上する方法をいいます。要領では、「費用は、原則として、費用の発生原因となる取引が発生した時又はサービスの提供を受けた時に計上する」としています。「資産は、原則として、取得価額で計上する」としているように、取得価額、すなわち、資産を取得するために要した金額を基礎として、貸借対照表に計上します。これを取得原価主義といいます。したがって、取得した後の時価の変動は、原則として、会計帳簿に反映されません。

Q4 中小会計要領では計算書類をどう扱っていますか。

A4 中小会計要領では、会社法の会社計算規則により作成が求められている計算書類のひな型として、「貸借対照表」「損益計算書」「株主資本等変動計算書」「個別注記表」及び付属明細書として「販売費及び一般管理費の明細」があげられています。また、会社法上の計算書類ではありませんが、必要と考えられる勘定科目に絞った「製造原価明細書」の様式例が記載されています。

中小指針との違いは、税効果会計に係る勘定科目の記載が一切ないこと。中小会計要領では、中小企業が通常用いる勘定科目のみが記載されます。なお、適宜、勘定科目を加除・集約することができます。

また、中小会計要領にもとづいて計算書類を作成した場合には、個別注記表にその旨を記載します。その企業がどのような会計ルールを適用しているかという情報は、利害関係者にとって、経営成績や財政状態を判断する上で重要な情報となりますし、決算書の信頼性を高める効果も期待されます。

さらに、中小会計要領に具体的規定が定められていない場合には、「企業の実態等に応じて、企業会計基準、中小指針、法人税法で定める処理のうち会計上適当と認められる処理、その他一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行の中から選択して適用する」こととしています。

なお、中小会計要領に記載されていませんが、要領作成の実務を担った「中小企業の会計に関する検討会ワーキンググループ」の会議では、「キャッシュ・フロー計算書」の重要性が指摘され、作成することが望ましいという議論がされています。

Q5 中小会計要領は中小指針とどこが違うのですか。

A5 中小会計要領の具体的な会計処理の方法については、本要領の各論で簡潔に示していますので、そちらをご覧ください。ここでは中小指針との差異から中小会計要領の会計処理の特徴を検討します。

収益及び費用の基本的な会計処理では、「収益及び費用は、原則として、総額で計上し、収益の項目と費用の項目とを直接に相殺することによってその全部又は一部を損益計算書から除去してはならない」としています。中小指針では特に記載のなかった「総額主義」が中小会計要領では原則となります。損益計算書において費用と収益を総額で示さず、相殺して利益だけを表示すると、利害関係者はもとより、経営者自身が、期中に行った取引の実態を把握することができなくなるからです。

貸倒引当金は、「債務者の資産状況、支払能力等からみて回収不能な債権については、その回収不能額を貸倒損失として計上する」としています。中小指針では、貸倒引当金は債権を3つに分類し、算定方法を示しています。一般債権は貸倒実績率法、貸倒懸念債権と破産更生債権等は財務内容評価法としています。中小会計要領では、「債権全体に対して法人税法上の中小法人に認められている法定繰入率で算定することが実務上考えられます。また、過去の貸倒実績率で引当金額を見積る方法等も考えられます」と解説し、税法規定を準用することが実務的な解決になるとしています。

有価証券では、中小指針が(1)売買目的有価証券、(2)満期保有目的の債券、(3)子会社株式及び関連会社株式、(4)その他有価証券の4つに分類し、それぞれに応じた評価を行います。対して、中小会計要領では、売買目的有価証券とそれ以外の有価証券に分類しているだけです。前者は時価、後者は原則として取得原価で評価することとしています。このように、区分を簡略化しているのは、中小企業においては有価証券を多額に保有することがまれであることを想定しているからです。

棚卸資産の評価基準に関しては、中小会計要領では、中小指針と異なり低価法(期末における時価が取得原価よりも下落した場合に、時価によって評価する方法)のみではなく、原価法(取得原価により期末棚卸資産を評価する方法)によることも認めています。また、評価方法に関しては、中小指針が「最終仕入原価法」について、期間損益の計算上著しい弊害がない場合に、用いることができるとしていますが、中小会計要領では、このような制限は設けられていません。「最終仕入原価法」を、他の評価方法とともに利用できることを明確化しました。

固定資産では、中小会計要領には減損会計の適用について記載されておらず、「災害等により著しい資産価値の下落が判明したときは、評価損を計上する」としています。

リース取引では、所有権移転外ファイナンスリース取引に関して、中小指針は売買取引処理が原則、例外として賃貸借処理となっていますが、中小会計要領では「賃貸借取引又は売買取引に係る方法に準じて会計処理を行う」として選択適用を認めています。

退職給付引当金に関して、退職給付引当金を計上する際の計算方法として自己都合要支給額がありますが、この全額を退職給付債務とするのか一部とするのかは解釈の余地があります。中小指針では、「期末自己都合要支給額を退職給付債務とする」としているのに対して、中小会計要領では「自己都合要支給額を基に計上する」と規定し、「当期の負担と考えられる金額を退職給付引当金として計上します」と説明しており、一部とすることを意識しているものといえます。

外貨建取引(外国通貨建で受け払いされる取引)に関して、中小指針では、外貨建金銭債権債務について、決算時の為替相場による円換算額を付すとし、長期のもの(1年超)について重要性がない場合には、取得時の為替相場による円換算額を付すことができるとしています。一方、中小会計要領では、取得時、決算時のいずれの為替相場による円換算も認められます。

Q6 中小会計要領の活用に対する支援策はありますか。

A6 中小会計要領の策定に参画した中小企業、金融機関、専門家、支援機関の各関係団体と中小企業庁・金融庁が一丸となって普及・活用を進めていきます。2012年度~2014年度の3年間を中小会計要領の集中広報・普及期間とし、各機関・団体は、取り組み可能な方法を駆使して、中小企業の経営者が中小会計要領を知り、内容を理解できるように、広報・普及を図るよう努めます。

日本政策金融公庫(中小事業部)は、中小会計要領に準拠した計算書類の作成及び期中における資金計画管理等の会計活用を目指す中小企業に対し、優遇金利(基準金利マイナス0・4%)で貸付を行う「中小企業会計活用強化資金(仮称)」を2012年度から創設します。

また、日本政策金融公庫(国民生活事業部)は、2012年度から中小会計要領を適用している小規模企業に対し、利率をマイナス0・2%優遇する融資制度をスタートさせます。商工中金も新たな金利引き下げ制度を創設するほか、信用保証協会も保証料率を見直すことを検討します。

さらに、中小企業庁は経営革新計画、新連携などの法律に基づく計画認定で、中小会計要領に従った書類の提出を奨励し、JAPANブランド育成支援事業などの補助金採択における評価材料とするとしています。

金融庁は監督指針・金融検査マニュアルに金融機関が顧客企業に中小会計要領の活用を促すことが有効である旨を記載するとしています。

Q7 中小会計要領に中小企憲章は位置づいていますか。

A7 きっちり位置づけています。中小会計要領を掲載した「中小企業の会計に関する検討会報告書」の冒頭の「はじめに」で、「中小企業政策に取り組むに当たっての基本原則等を示すものとして平成22年6月に閣議決定された『中小企業憲章』においても、『中小企業の実態に則した会計制度を整え、経営状況の明確化、経営者自身による事業の説明能力の向上、資金調達力の強化を促す。』と中小企業の実態に則した会計制度の必要性に言及されている」と強調しています。

参考文献

・「中小企業の会計に関する検討会報告書」
・中小企業庁「『中小会計要領』ができました!」
・大和総研「新たな中小企業会計の普及・活用策」
・赤岩茂・増山英和『図解・中小企業の新会計ルール』(中経出版)

※「中小企業の会計に関する基本要領」についての詳細は中小企業庁のホームページを参照下さい。
 http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/kaikei/2012/0327Kentou.htm

「中小企業家しんぶん」 2012年 4月 15日号より