教育は公的負担で、多様な生き方選べる社会へ~中村正・立命館大学教授に聞く

なぜ子どもを産まないか

―12月5日付『エコノミスト』に「子育て4000万円、定年後2000万円」と、大きな見出しが躍っています。「格差社会」といわれる中で家計所得が十分でない家庭も増え、少子化に拍車をかけることが懸念されますが。

中村 2005年の国民生活白書は「子育て世代の意識と生活」というテーマで、出生率低下の要因などさまざまな角度で分析しています。

 私が最も注目すべきと考えたのは、子どもを持つと決断した夫婦が産児数に自ら制限をかけていることです。

 理想とする子どもの数は2002年には2・56で、ここ数年変わっていません。しかし、実際に持とうとする「予定子ども数」は2・13と、「理想子ども数」よりも0・5少ない状態が続いています。

子どもの教育負担重く

 なぜ理想子ども数より予定子ども数が少ないのか、その理由を調べると、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」62・9%で、35歳未満の妻では8割近く。経済的負担のなかでも特に「教育のための費用がかかるから」とする人が多くなっています。

 結婚しない、子どもを持たない世帯も増えてはいますが、少子化に効果的に歯止めをかけるには、何より子どもを持ちたい夫婦が理想とする子どもを産み育てられる社会、子どもの教育にお金がかからない社会とすることが大切でしょう。

 教育費はその家庭にとってはリスクの高い投資ですが、社会にとっては役に立つ。国からすれば子どもの教育に投資すれば、長期的に見れば回収できるものなのです。

もう1人産める「プラスワン政策」を

 文部科学省が出している2006年版「科学技術白書」では、「我が国の科学技術の力を維持・強化していくためには、活力と創造性ある若い世代の科学技術分野への参入を確保していくことが不可欠」としながら、「子どもを生み育てにくい社会の状況が今後とも続くことは、(中略)そもそも我が国社会の持続可能性を基盤から揺るがす」と警鐘を鳴らしています。

 しかしながら、日本は学生1人当たり公財政支出教育費(高等教育)は、OECD(経済協力開発機構)加盟国の平均を大きく下回り、情けない状態です。

 日本が天然資源のない国でありながら大きな経済的発展を遂げてこられたのは、「人が資源」であったからです。私は教育費を家庭でなく社会が負担し、子どもを産みたい夫婦があと1人産める「プラスワン政策」を強力に実施してはどうかと思います。

フリーター・ニート問題をどう考えるか

―格差が広がり、世帯収入が少なく子どもが生めないのは「フリーター・ニート」が増えているからで、それは今の若者にまじめに働くという意欲が欠けているからという議論があります。

中村 私の友人が執筆している『「ニート」って言うな!』(光文社新書)という本で、日本で*「ニート」という場合の定義が、非求職者で15~34歳と幅広く、イギリスと違って失業者を含まず、家事従事者や進学・資格取得準備者なども含まれており、若年失業者やフリーターの増加に比べればニートの増え方ははるかに穏やかなものであるにもかかわらず、社会から問題視されることに疑問を投げかけています。

 「ニート」騒ぎで、新規学卒者の採用を抑制してきた「労働需要側」の問題がないがしろにされてきているという指摘です。

 2006年版「労働経済の分析」(労働経済白書)では、非正規雇用は拡大しており、1996年の1043万人が2005年には1591万人に増加。一方で、正規雇用は96年の3800万人から3333万人に減少。特に20~24歳の非正規雇用の増加が顕著で、雇用者に占める非正規雇用は92年には10・7%だったのが、最近では30%を大きく超えて増えています。

 企業がフリーターを必要とし、そこで将来に希望を持てなくなった若者がニート化しているとみるべきではないでしょうか。

キャリア教育のあり方を考える

 変化が早く、既存の技術や制度が次々変わっていく中で仕事をするためには、偶然発生したことにも最善を尽くすことで次の展望を開く。目の前のことにきちんと対応していくことでステップアップしていくことが大切ではないでしょうか。

 これを「プランド・ハプンスタンス(計画された偶然性)」と言い、アメリカで構築されてきたキャリア形成理論で、変化の激しい現在の日本において注目されてきています。企業内で従業員の「エンプロイアビリティ(雇用され得る力)」を高めるときにどのような教育が必要かを考えていくヒントにもなるでしょう。

 若者には社会にかかわって自分なりの物語(ライフヒストリー)を作る力をつけてほしいと考えていますが、同友会で経営指針づくりを社員参加で行うことを推奨されていることは、そういう意味でも大切です。

多様な生き方ができる「複線経路型社会」へ

 変化に柔軟に対応し、生きる力を、私は女性に見ることができます。「ティーンズマザー」を研究している院生がいますが、彼女らは自らの情報網を持ち、たくましく子育てをしています。女性は出産など、自らの生命にかかわる偶然に対応していかなければならない存在で、一昨年女性経営者全国交流会(奈良)で報告したときにお会いした女性経営者の皆さんの力強さにもそれを感じました。

 たとえば「就職先にありき」の人生でなく、ティーンズマザーたちが子育てを終えたときに就職できる「子育て先にあり」の人生を選んでも、将来の職業が保障される「複線経路型社会」をつくっていくことも大事でしょう。

インタビュアー・文責 中同協事務局次長 平田美穂

用語解説

●ニート(NEET)
 NotinEducation,Employment or Training
 学生でもなく働いてもいない若者のことを言い、イギリスでは失業者を含む16~18歳を、日本では2004年から一般的に使われ始め、非求職者の15~34歳の幅広い年齢層を対象に表現。

「中小企業家しんぶん」 2007年 1月 15日号より