岩手同友会エネルギーシフト研究会 第5回欧州視察連載(2)「持続可能な社会づくりへ向けての挑戦」~インクルージョンが中小企業の新たな歴史を創造する

 10月6~15日に岩手同友会が行った第5回欧州視察について紹介する連載第2回です。

ビジョンを掲げる意味

 毎年繰り返し同じ街を訪れる中で、私たちのエネルギーシフト(ヴェンデ)運動の前進に必要なのは、「考え方の変革」に加え、「明確な理念・ビジョン」、「正しい知識」、そして「社会全体を巻き込む力」だとわかってきました。しかしながら、これを理解し実践していくには、またはるかに高い壁があるとも、感じるようになりました。

 福島第1原発事故が起きた2011年、ドイツのメルケル政権は2022年までに17基の原発すべてを廃止し、再生可能エネルギーの割合を段階的に高め、2020年までに35%、2050年に80%をめざす法案を可決しました。発表された速報によると2018年、すでにその割合は40%を超え、ビジョンを明確に掲げることがいかに実現を後押しするかが見えてきます。その背景に社会全体で議論を重ね、取り組んできた森林環境や生物多様性、景観などへの細やかな配慮と、市民それぞれがそれぞれの立場で積み上げてきた実践があります。ありたい姿(理念・ビジョン)を掲げ正確に現状を掴み、どうすればその差を埋め達成できるか、段階を追って実現へ近づいていく演繹(えんえき)的な考え方がいかに重要かが、このことからもわかります。

 そして私たちは、それは科学性(経済性)、人間性、社会性の3つに裏打ちされて初めて実現できるものであること。私たちが掲げる自主・民主・連帯の精神そのものであることが、どこに行っても、誰と話しても同様であることに気づいてきました。

 個人の尊厳性を尊重し、平等な人間観を持ち、あてにしあてにされる人間関係を大切にする。それはこれまでの視察で何度も聴いた多様性、そして持続可能な地域社会を希求し続けることそのものなのだと実感しました。この視点に至るまでに、私たち自身も繰り返し同じことを続け、ようやく見えるようになるまでに5年もかかったことになります。

多様な価値観とともに

 ドイツには毎年70万人もの移民が押し寄せ、常に周囲には100カ国以上の国籍の方々が一緒に住んでいます。なかには多くの障害者もおり、また社会的集団生活に適合できないドラック常習者やアルコール依存症の方もおり、どんな環境下であろうと、どんな人たちであろうと決して差別無く、共に豊かな社会をつくることを、めざす姿がそこにはあります。何ら命の重さに変わりはない。私たちが見たドイツの現実と、私たち日本人が言う「多様性を受け入れる」という言葉には、人間に対する根本的な考え方の違いがあるように感じます。

 宗教観や人間観の違いと安易に決めつけがちですが、もっともっと深い人間の歴史の反省の上に立った感情の中に、「共に学び、共に育つ」という原点があることを、欧州の地に何度も立って、ようやく理解できてきたように感じています。

中小企業にしかできない地域実践

 今回の視察で深く印象に残ったのは、「インクルージョン(包括、一体性)」という考え方です。知的レベルや身体能力、出身地や育った環境、性別などの違いを、みんなが当然のこととして認め、差別や線引きをせずに、協働し、共生すること(池田憲昭氏)を意味するインクルージョン。

 私たちが衝撃を受けたのは、朽ちた古民家を改修工事で断熱性能の優れた建築に再生させるドミチール社のインクルージョンプロジェクトです。定住の住まいがなく何度も繰り返してしまうアルコールや薬物依存者を採用し、そのプロジェクトにかかわってもらう中で、見違えるような表情に変わっていく姿でした。

 「社会建設会社」と自ら呼ぶドミチール社の社長は、長期失業、過度債務、社会的隔離、健康上の制約を受けた人々の正規労働市場への統合を促進するための雇用主という考え方です。

 少しでも暇があれば仕事を休もうとする社員に、正面から向きあい膝を交えて語りかけ続ける。この仕事がいかに意義深いものか、あなたにとって大切な仕事であるかを、諦めず伝え続ける。世界共通の経営者の姿がそこにありました。

 見た目は築百数十年の古民家そのものですが、その内部はパッシブ建築の基準で改修され、快適な住環境になっています。そこに保育所や商業施設などを融合させ、古いものを最大限に生かし、現代の最高のエネルギーシフトの技術で次世代にバトンする。

 そうした現場にかかわり、長らく失っていた自らの住まいを確保し、専門的な資格を取得し地域から賞賛される仕事を担っていくことで、誇りの持てる、生きがい、働きがいのある人生に変わっていきます。人の個性に合わせて仕事を再構築し、みんなで一緒に発展させていく。エネルギーシフトの実践が、持続可能な企業をつくり、誰をも地域に巻き込んでいく力になっているのだと実感させられます。

 私たちが日常の中でも変わらず実現できること。これがまさに、中小企業にしかできない地域実践の姿なのだと思います。

とことん「徹底する」という意志

 今回初めて訪れたドイツ南部の人口3万人ほどのラドルフツェル市にあるプラス・エナジー・タワーホテルは、高さ37メートルを誇る公共の水道棟を改築したものです。そのホテルは、8年もの歳月をかけて、2人の親子が2人のブルガリアから来た社員とつくり上げました。

 シャワーなどの排水なども含め、使用するあらゆる僅かな熱とエネルギーを回収利用、蓄熱、蓄電、循環させ、風力、太陽光、太陽熱、地中熱などの再生可能エネルギーと併せ、世界初のプラスエネルギーの超高層ホテルを実現しています。最上階の11階は360度全面ガラス張り。窓ガラスは3枚プラス2枚の5層ガラスです。

 こうした発想もすべて、建築を仕事としていた父親と、設計を担っていた息子が、8年間の間、工夫を重ね、時に道具までつくり、徹底して熱とエネルギーを生み出し使い切るという考え方で実現しました。

 私たちはまだまだ「徹底して使う」「徹底して取り組む」「徹底してやり切る」というぶれない意志が、足りないのかも知れません。「ないならつくる。自分たちで工夫して生み出す」。裏返せば、これも中小企業にしかできない、中小企業こそが得意分野であるように、あらためて感じられます。

 視点の中心は、「自分たちが地域、そして企業の新たなモデルをつくればいい。自分がその新たなモデルになる」ということです。

 このホテルもブルガリア人とのインクルージョンでつくられました。違いをみんなが当然のこととして認め、差別や線引きをせずに協働し、共生する。

 私たちの活路はまさにここにあります。エネルギーシフトから社会シフトへ。中小企業が新たな歴史を歩み出す時がきています。

岩手同友会事務局長 菊田 哲

「中小企業家しんぶん」 2019年 1月 25日号より