【シリーズ 東日本大震災から8年】(4) 経営者は自社の本質を忘れないこと (株)北洋舎クリーニング代表取締役 高橋 美加子(福島)

福島県南相馬市で復興へ向けた取り組みを進めている高橋美加子氏のエッセイを紹介します。

 震災直後に聞いた忘れられない言葉があります。「仕事がしたい。お金はいりませんから仕事をさせてください」。2011年4月初めのことでした。誰もいなくなった会社。しかし、工場の2階には、各店から集めてきたお客様からの預かり品がびっしりと保管してある。放射線量も測って大丈夫との報告ももらっている。必要なお客様がいるに違いない。でも、屋内退避では店を開けることができない。それよりも何よりも、私1人では何もできない。初めて知る自分の無力さ。そんな時に、避難先から戻ってきた50代の社員の言葉でした。

 彼女は、家族と一緒に会津若松に避難しました。寝る場所も食事も与えられ不自由がない暮らしだったという。働く必要がなくなって、初めはのんびりできていいなと思ったそうです。やることは運動不足を解消するための散歩。そんな日々に彼女はだんだん耐えられなくなったという。そのストレスが限界に達して彼女は1人で南相馬に戻ってきたのでした。そして、会社にやってきたのです。

 第一声は「仕事がしたい」「休業保障なんていりません。働きたい」。今まで、1度も聞いたことのない有難い言葉でした。「やらなきゃ!」と私の中でスイッチが入りました。そして、その言葉に背中を押されるようにして4月10日、半日だけ本店を開けました。シャッターが上がり始めるとお客様の足が見えてきました。「待っててくれたお客様がいた!」自社の仕事の本質を知らされた瞬間でした。これが、5月10日の本格再開に向けてのキックオフとなりました。

 会社は誰のため、よく問われることですが、原発事故で人がいなくなって知ったことがあります。経営者は、自社の存在の本質を忘れないこと。社員とは、その本質を共有して一緒に働くパートナーであり、一人ひとりが自分の仕事に意義を見つけて働いていることを忘れない事。言い古されていることですが、仕事とは、事に仕えると書きます。今も、自分が本当に事に仕える仕事をしているか、自問自答を繰り返す日々を過ごしています。

「中小企業家しんぶん」 2019年 4月 5日号より