会社の目標軸が見えてきた 松田哲也税理士事務所 所長 松田 哲也(香川)

【『働く環境づくりの手引き』の活用を(5)】

 中同協は『働く環境づくりの手引き~経営指針を全社一丸で実践するために~』を発刊しました。今回から事例編として『働く環境づくりの手引き』を活用する会員企業の実践を紹介します。

 わが社は現在、私を含め8名(うちパート2名)の社員の税理士事務所です。同友会には創業後間もなく入会しました。

 両親と祖母のトリプル介護という現状をなんとか克服しなければと思い、11年前に国税局を辞し家内と2人で「家族を守るため」だけで創業した事務所ですが、3年後には社員数も4名になり顧問先数も右肩上がりで順調に増加傾向にありました。ところが、それから3年間顧問先数の伸びがピタッと止った時期があります。

 今から振り返ると同友会で学んだことを自社で実践しようと、それを社員に押し付ける、いわゆる「こうじゃなかったらいかん経営」を繰り返していました。まさに典型的な「トップダウン型経営」です。

「社員とともに」を実践

 その後、社員にも協力してもらい全社挙げて「企業変革支援プログラム」に取り組むようになり、社員の声を反映した経営指針書をつくるようになりました。このころ(創業6年目)から「社員とともに」の言葉を意識するようになりました。おかげで社風も少しずつですがよくなり、顧問先数の伸び率も回復しました。私は「こうじゃなかったらいかん経営」が社員のモチベーション(やる気、やりがい感)を圧迫し、それが顧問先数の低迷につながっていたと分析しています。

 それから2年(創業8年目)、「社員とともに」と同時に「社員の自主性の発揮」を経営課題として意識するようになり、経営指針書の更新を社員に任せるようになります。わが社の「社員主導型経営指針書」の始まりです。今では「社員主導型」がすっかり定着しています。

 この取り組みをして2年(創業10年目)、社員数も8名となり、指針書の更新・実践・検証・見直しが社員によってできるようになり、徐々にですが会社経営について考える力が社員によって発揮できるようになりました。

ガイドラインに取り組んで

 そして、さらに「社員とともに」の言葉の重さを感じるようになり、もっと上をめざしたくなりました。たしかに会社はまぁまぁよくなった。しかし給料や働き方について社員たちはどう考えているのか。今までの経営指針書には働く環境についてほとんど記載がない。モヤモヤしていた矢先、中同協から「働く環境づくりのガイドライン」試案が発表され、社員と一緒に取り組むことになったわけです。

 まず、10年後の「自分と家族の年齢と姿」を思い描いた上で、10年後どうありたいかについて社員に記述方式で意見を出してもらいました。「人として、家庭人として、職業人としてどんな人間になっている」「どんな働き方をしたいか」「労働環境のビジョンや会社の労働環境のあるべき姿」、そして「どんな社内(社外)教育が必要か」などについても記述してもらいました。いざ、やってみると意外や意外、さまざまな意見が出てきました。ほんの一部を紹介します。

 「自分にかかわるすべての人を幸せにできる人になることが目標。この人は信頼できる、この人といると心地いいと思われるような人になりたい」「両親が年老いてきている」「10年後には結婚しており、1人の子どもの母になっている」「平均年収400万~500万円をめざす。生涯年収1億5,000万円から2億5,000万円のロールモデルが見えるようにする」「会社の規模を伸ばしていくことは大事だと思うが、現状の明るさ、素直さ、誠実さなど人間性を大切にした集合体であることを維持した上での発展であってほしい」「育児や介護をしながらでも働ける環境、残業の少ない環境、有給のとりやすい環境、病気になっても働き続けられる環境」

 そうしたさまざまな意見を基に、今期の経営指針書には「10カ年の雇用計画」や「10年後の労働環境ビジョン」「今後の取り組み」「生産性向上計画」「賃金規定の改定計画」などの取り組みを示した「働く環境づくり」を盛り込みました。

 そして中期ビジョンの最終目標には「人間として豊かな生活(心)をひとりひとりが目標をもって夢と理想を語りあい、その実現を保証するための利益を全社員で協力し追求する」を掲げました。

 こうして、社員から出てきたさまざまな意見や考え方を整理すると、あらためて「社員とともに」の言葉の重さ、そして社員やその家族の人生、生活を守らなければならない経営者としての責任を痛感しました。

 今までの自社経営にとって「社員とともに」の言葉がキレイごとだったと感じた瞬間でした。指針書で「こんな会社をめざすんだ」と、みんなで決めて満足していただけ、つまり目的意識(何のために)だけで満足していた。ところが、社員から出てきたさまざまな意見や考え方を整理して目標軸が見えてきました。

 おかげをもちましてわが社は今年で10周年を迎えました。次なるは20周年に向けて、現在のスタッフや将来の新しい仲間とともに、この会社でさらに人間として共に成長をしていきたいと思います。

「中小企業家しんぶん」 2019年 7月 5日号より