【2019中同協韓国視察】「人中心の経済」めざして~韓国の中小企業・雇用労働政策の特徴

 5月29日~6月1日、中同協は韓国視察を行いました。韓国の中小企業政策・雇用政策の特徴と参加者の感想を紹介します。

中小企業政策について

 韓国では、中小企業政策は非常に重要であると認識されており、2017年に中小企業庁が中小ベンチャー企業部(日本の省)に昇格しました。部への昇格に伴い、中小企業大臣も新たに設けられています。

 韓国は、これまで基幹産業や輸出大企業中心の経済でしたが、人を中心とした経済にパラダイム転換をしようとしています。企業の99%、雇用の88%を占めている中小企業の活性化なくして人中心の経済に切り換えることはできない、人中心の経済こそ雇用を生み出し、家計所得を高め、経済成長を遂げることができると考えられています。

 以前は中小企業に関する事業を、さまざまなところが実施していました。それらを全部集約し、1つの方向性を持ち一貫したものにしようとしており、それをまとめる役割が中小ベンチャー企業部です。部に昇格し、職員数は80人増えて430人となり、予算は1兆円(2019年度、前年比15.9%増)で、中央省庁の中で最も増えています。

 中小企業政策の基本方向として、次の4つの戦略を掲げています。

(1)伝統的な製造業では、スマート製造革新で競争力を根本的に高める。
(2)ベンチャー企業がより多く生み出されるように規制を革新し、新産業創出を支援する。
(3)小規模企業の革新を図り、コストを減らしながら利益を上げられるようにする。
(4)韓国の大企業と中小企業がお互いに協力すること。「相生関係」を大切にして「抱擁」的成長を加速化する。

 韓国では、大企業と中小企業との公正な取引がクローズアップされています。今年7月施行の「懲罰的損害賠償制度」は、不公正な取引で中小企業が損害を受けた場合、その3倍の損害賠償ができる制度。また、中小企業が開発した技術の漏洩や横取りを防ぐために、秘密保持契約を締結することも義務化しようとしています。

雇用労働政策について

 韓国では、大企業と中小企業との賃金格差などが大きく、若者が中小企業に入りたがらない現状があります。中小企業の処遇改善を支援するため、次のような施策を実施しています。

〈仕事安定資金〉
 最低賃金の引き上げに伴う中小企業経営者の負担を軽減し、従業員の雇用の安定を図っていくための施策。対象は従業員30人未満の事業主。月給が約20万7,000円未満の人を対象に1万5,000円~1万3,000円を支給します。去年の運用実績は264万人(65万社)。雇用の増加、雇用保険への加入促進の効果があるとのことです。

〈明日充(みた)し共済〉
 若者が中小企業・中堅企業に就職し長く勤めることを促すために、資産形成を支援する制度。若者が中小・中堅企業に勤務し一定金額を積み立てると政府が補助し、2年で160万円、3年で300万円の資産形成ができます。2018年は、約10万人が加入(約4万社)。67.9%の企業が「新規採用に役立った」と回答しています。

〈ドルヌリ事業(社会保障の死角を解消する事業)〉
 制度の目的は、小規模企業の低賃金労働者および事業主の雇用保険、国民年金への加入を促進しセーフティーネットを強化すること。対象は10人未満の企業に勤める労働者(月給約21万円未満)と事業主。新規加入者は、企業規模4人以下の企業で保険料の9割、5人から9人の企業では8割を国が支援します。支援期間は3年が上限で、2018年の支援実績は約211万人、約893億円。

〈雇用許可制〉
 中小企業が労働力を確保しようとしても国内労働者を雇用できない場合、外国人労働者を雇用できる制度。政府間で覚書(MOU)を締結した国から受け入れ、公共部門が対応しています。外国人労働者は合計で4年10カ月働くことができます。国際労働機関(ILO)などから「安定的な移住政策」だと評価されています。

参加者の感想(視察レポートより一部抜粋)

■香川県ケアマネジメントセンター(株) 代表取締役 林哲也(香川)
 日本の大企業と中小企業の不公正取引は、製造業だけでなくサービス業にも広がっていることに気づかされました。韓国では、過去にクレジットカードの手数料差が大統領選挙で争点化され手数料が改定されたことで、クレジットカードが一気に普及し、取引のスマート化が促進されたとのことです。大企業の不公正な取引から中小企業を守ろうとする強固な姿勢が明確です。

■東芳紙業(株) 代表取締役 境和彦(東京)
 韓国側の応対者は、失敗や問題点も含めて率直に伝えようとする誠実な姿勢が感じられました。中小企業省の昇格に関しては、中央会が強く要望したことが背景にあります。中小企業団体の運動の厚みは、韓国に学ぶべき点があると感じました。

■赤田工業(株) 代表取締役 赤田弥寿文(長野)
 各部局での話の中で、問題が発生している、あるいは発生しそうな内容がありました。それでも、できる施策を実施、発生状況に応じて対策を練ることで、現状打破にスピード感を持ってやっている感じでした。企業経営においても、気をつけて取り組みたい。

■名古屋第1法律事務所 弁護士 加藤洪太郎(愛知)
 「輸出中心から人中心へ!」の変革を目的に、中小企業政策を担う国家機構の庁から省への変革を遂げた韓国。変革を推し進める中小企業運動の「質」と「量」そしてその結合に着目し、さらにはその基盤が、国民主権の主要な担い手である国民各界各層の連帯エネルギーの実体にあるのではと気づきました。

■宇治社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士 安光好宏(京都)
 「週の労働時間を52時間とする上限規制の政策の点でも、残業削減と収入減少をどう調整するか、という難しいテーマが存在し、労使双方から嫌われる施策であるが、なぜできたのか」というこちらからの問いに、労働時間を削減し、人間らしい労働・生活をしたいという、国民大多数の合意があったからという返答にはとても感動しました。

■(株)スリーシー 代表取締役 渡邊博子(京都)
 「韓国人は、思い切った変化がなければ変化とはみなさない。だから政府は思い切った政策を出す。失敗や問題点も多いが学ぶところはあると思う」。その言葉通りだった。改革にはまずやってみるというチャレンジ精神と、事実を事実として受け止め発信する正直さ、また「人に焦点を当てた根本的な改革」を目指す政策に感銘を受けました。

■(有)アイ・ワーク 代表取締役 福原 次信(京都)
 中小企業庁が省に昇格した背景や個別の中小企業政策からは、中小企業の近代化を通じ、格差の縮小と公正な社会の実現を可能なものとし、「人中心の経済への転換」を呼びかける大きな哲学がその背景として浮かび上がります。政策の背後に、あるべき社会へのメッセージがしっかりと位置づけられていることに深く共感しました。

■(株)山田製作所 代表取締役 山田茂(大阪)
 基盤技術である金型技術を国主導で今も大切にしていることに大きな衝撃を受けました。(1)国のビジョンを明確にしたのならばブレない、(2)政策にはさまざまな課題は想定できるが、まず一歩を踏み出すこと、(3)それらを、自信を持って国と行政そして事業者が遂行していくこと、などに気づきました。

視察の目的:
(1)韓国の中小企業政策を学ぶこと。
(2)韓国の雇用労働政策を学ぶこと。
(3)中小企業憲章や同友会理念を世界に発信すること。

訪問・懇談先:
中小企業研究院、中小ベンチャー企業部、雇用労働部、中小企業中央会、イルウ精密、金型技術センター

アドバイザー:
独立行政法人労働政策研究・研修機構 副統括研究員 呉 学殊氏

「中小企業家しんぶん」 2019年 7月 15日号より