連載「エネルギーシフトを考える」第5回 エネルギーシフトの原点は若者たちの未来を描き、人が育つ環境をつくること

地域を挙げて職人が育つ環境を支える

 エネルギーシフトを進める上で大切な視点に、(1)省・小エネルギー、(2)エネルギーの高効率化、(3)再生可能エネルギーによる創エネがありましたが、もう1つ大切なポイントがあります。エネルギー自立のための調査・研究、そして教育です。

 ドイツのマイスター資格は300種類以上もありますが、なかでも手工業職経営者として独立開業するためには、手工業マイスターの称号が必要です。その職種は41あります。マイスターをめざす子どもたちは小学4年生までの義務教育前期(基礎教育小学校)を終えるとすぐ、職業訓練学校または義務教育後期(日本では小学校高学年から中学校)に5~6年間通います。そして国家資格ゲツェレ(職人)を取る準備に入ります。

 私たちが訪ねたフライブルク州の職業訓練アカデミーには、ゲツェレ取得に挑戦する10代半ばの学生が目を輝かせて実技に取り組んでいました。配管設備工・暖房装置エンジニアのマイスターをめざす授業では、丁度ボイラーの修理技術の授業をしていました。驚いたのは地下の実習室にずらっと並ぶ給湯器の数でした。その数は500台以上。形式も色も違うその機械は、すべて製造した企業からの寄付です。校内には1台数千万円もする巨大なトラクターや各メーカーの自動車も並んでいます。製造メーカーも職人を輩出する企業も州(自治体)も地域挙げて職人が育つ環境を支えています。

経営者になるための資格

 長年教員を勤めるマット先生は話します。「実際の現場に行くと、20年も使い込んだものもあれば最新の給湯器に出合うこともあります。どんなメーカーのどんな年代に作られたものも、その場で安全に確実に直すことができるのが職人です」

 実際に見習いとして報酬をもらい働きながら学べる、ドイツ独自のデュアルシステムと呼ばれるこの教育システムは、すべて無料で授業を受けることができます。約3年半の間に見習い工として雇用主から報酬を受け取りながら、週1~3回または数週間ごとに授業に通い、技術や理論を200時間以上、経済や社会に関する知識を70時間以上学びます。そしてお客様から実際に受注を受けた形式での実技試験に臨みます。最終的には作業計画の作成、実際の作業と点検、明細書・請求書の作成などの一連の流れと経済や社会の知識の試験をパスしてようやくゲツェレ(職人)を名乗ることができます。

 さらにマイスターになるにはゲツェレ取得後2年以上の実務経験を経て、1800時間の講義と実技、そして経営学、商業、法律、教育の4分野で120時間もの授業を受け、このすべてに合格しなければその称号は与えられません。マイスター制度は、社員を雇用し育てながら地域の期待に応えていく資格、まさに経営者になるための資格とも言えるのです。

将来のありたい姿を描き、今をできることを考える

 将来の自分の姿を想像し、まだ10歳の時に進路を決める。こうした演繹(えんえき)的な考え方は、実はエネルギーシフト(ヴェンデ)の原点につながります。未来のありたい姿から現在を見つめたとき、今何をすべきか、何をしなければならないかが明らかになります。

 「ここではお客様からの注文に対し自分の頭で考え、自ら回答を作り出していく、内面から引き出す教育が繰り返し繰り返し行われます」。そう話すマット先生は、腕っ節も太く大柄で一見怖そうに見えますが、実はユーモアと笑顔溢れる熱血教育者です。廊下ですれ違う学生たちと何度もハイタッチで応える雰囲気からも言葉は通じなくとも、学生一人ひとりへの愛情が伝わってきます。

 私たちは簡単にマイスターと呼称を使ってしまいますが、経営者として、そして教育者、人格者として認められた人しか、呼べない称号なのだと実感します。そしてまた、マット先生のように若者たちの未来を描き、深い愛情を持って関わりあう人間的関係づくりがその原点であるのだと思います。

岩手同友会事務局長 菊田 哲

「中小企業家しんぶん」 2020年 7月 5日号より