連載「エネルギーシフトを考える」第8回 エネルギーシフトの特長は、気づいたとき、今日からでも誰でもスタートできること

新車のネジ1つ、パーツ1つまですべて分解

 真冬には氷点下20度以下になる岩手県葛巻町で車両整備工場を営む前野モータース代表、前野嗣郎氏は、2015年11月、岩手同友会の第2回エネルギーシフト欧州視察に参加しました。

 帰国直後、早速取り組んだのは、1歳ごとの町の人口動態データの作成と地域での車両購入、整備状況とそのお客様の年代性別データの把握でした。葛巻町は高齢化が進む人口約6000人の山あいの町です。酪農が盛んで、牛の数は人口より多い約1万頭にもなります。

 町の中心部までは最寄りの鉄道駅から車で30分ほどの道のりですが、冬場は路面の凍結が酷く、毎日のように凍結防止剤を大量に散布するため、自動車の下部がすぐ錆びてしまい、マフラーが3年前後で壊れ、整備工場に駆け込むのが日常でした。

 欧州視察でエネルギーと資源の域内循環実現のためには、地域の中小企業の取り組みが鍵であることを、その目で見てきた前野氏。これまでの故障したら駆けつける整備の考えを根本から変えて、「壊れない車」を提案する整備業に考え方を大転換しました。

 新車を購入する高齢の方にとっては、自分が最後まで乗りたい特別な思いのある車かもしれません。そこでネジ1つ、パーツ1つまで分解し丁寧に防錆塗装をし再び組み立て、お客様に引き渡しをするサービスを始めました。防錆塗料は非常に粘性が高いため完全に乾燥するまで日数を要しますが、評判を聞いたお客様が店の50キロ圏内からも駆けつけるようになりました。

 以前から巨大トラクターの直径1メートルものタイヤのパンク修理も、頼られれば何でもこなす前野氏ですが、「高齢の方が多く車が足代わりの地域だからこそ、地域になくてはならない整備工場に」と、客単価は1回あたりの入庫単価の考えから、お客様の生涯単位に。顧客情報管理は1台の車両から一人ひとりのお客様に。そして整備はアフターフォローからビフォーフォローに考え方を変えました。

まず「止める」「下げる」「やめる」こと

 先代社長が建てた工場はすでに40年が経過、断熱改修をするにも、熱はだだ漏れ状態で、どこから手を付けてよいかわからないほどでした。そこで国家資格を持つ省エネルギー診断士に依頼し、どこから熱エネルギーが漏れているのか、燃料やエネルギーの効率のよい工場のあり方について徹底して調査をしてもらい、その使用量から金額まですべて見える化し、詳細な改善計画書を作成しました。

 経営指針と省エネルギー改善計画書は、金融機関にとっても融資の上で大きな評価の後ろ盾となりました。また、話を聞きつけた町の職員からは、町独自の工場で使える設備補助の提案がされるまでになりました。

 そして改善提案のあった部分に、一工夫加えながら省エネ設備を導入していきました。いくつかの例を紹介します。

冬場、氷や融雪剤で真っ白な車の下廻りを洗浄するために、温水ボイラーに灯油を入れどんどん焚いていましたが、エコキュート(ヒートポンプ給湯器)に変更し、深夜電力で高圧スチーム洗浄用のお湯を作ります。それを農業用タンクに貯め、加圧ポンプで洗車機に入れ使用したり、吐出ノズルを0・1ミリ単位で調整し、勢いよく水を噴出させることで、硬い氷を粉々にしたりと、「節水」もしながら洗浄しています。

 また敷地内のLPガスをなくし、事務所でも電気式の温水給湯器に変更。大型トレーラーのタイヤ交換などで使用する「高圧圧縮空気」を作るコンプレッサーも、電気を使わずに倍圧(500→1000kPa)するエアタンクを導入することで、低電圧(200V)の電気代を半減させました。

 こうして不必要な時に「止める」、「下げる」、「やめる」改善で、化石燃料にほとんど頼らない工場を実現しました。

 こうした改善の実現には、岩手同友会のエネルギーシフト研究会の仲間である信幸プロテック(株)のベテラン社員との研究成果が大きく影響しました。企業間連携によるエネルギーシフト(ヴェンデ)の具現化が岩手ではどんどん生まれています。

 私たちがこの6年続けてきた実践の順番は、(1)省エネ、(2)小エネ、(3)創エネ、(4)商エネ。誰でも、どの企業でも省く、小さくする工夫は必ず見つかります。エネルギーシフトの特長は、気づいたとき、今日からでも、誰でも取り組みをスタートできることです。

岩手同友会事務局長 菊田 哲

「中小企業家しんぶん」 2020年 11月 15日号より