【黒瀬直宏が迫る】中小企業を考える 第1回 中小企業とは何か

 「中小企業を考える」をテーマに黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の新連載がスタートします。第1回目は「中小企業とは何か」についてのレポートです。

中小企業とは何かを考える

 菅政権は「中小企業再編」を中小企業政策の重点としています。中小企業の生産性はどの国でも大企業より低いが、日本では特に低く、しかも、ほかより中小企業で働く人の割合が高い。これが日本の1人当たりGDPがほかの先進国より低い原因だ。だから中小企業を合併などで大きくし、生産性をあげねばならない――という考えに基づきます。これは、菅首相のブレーンで、「成長戦略会議」の委員でもあるデービッド・アトキンソン氏の持論ですが、中小企業を生産性の低い企業と決めつけ、諸悪の根源のごとくに主張するのは暴論です。では、中小企業とはどのような企業だと考えるべきなのか。中小企業に対する従来の見方は次の2つに大別されます。

問題型中小企業論

 一つは、戦前来の、中小企業は低生産性・低賃金の発展性の低い企業で、日本経済の問題の集約点という見方で(これを問題型中小企業論と呼ぶことにします)、かつては政府を含む大方の考えでした。アトキンソン氏の中小企業論も一応ここに分類できますが、当時の問題型中小企業論は発展性の低い中小企業の存在の根源を日本資本主義の後進性や大企業への経済力集中の結果と考えており、中小企業保護策が中小企業を生み出しているとする(眉唾ものの)アトキンソン氏の考えとは異なります。

 かつては「二重構造」という言葉が流布していました。日本は一方で欧米にも劣らない近代的大企業、他方に前近代的な中小企業が両極に対立している。いわば、1国のうちに先進国と後進国の二重構造が存在するのに等しいとするもので(『経済白書(1957年度)』)、日本資本主義の後進性に中小企業の問題性の根源を求めるものです。

積極型中小企業論

 高度成長期における中小企業の革新・発展を背景に、問題型中小企業論への異論として積極型中小企業論が提起されました。中小企業は活力に満ちた発展力のある企業で、国民経済で積極的な役割を果たすとするものです。1960年代の半ばころから現れ、政府の中小企業に対する見方にも影響を与えました。『中小企業白書1970年版』では中小企業を低賃金という基盤がなくても、中小規模の有利性によって存続できる企業としました。中小企業に対する積極的見方はさらに進み、中小企業は「活力ある多数」で「経済社会の進歩と発展の原動力」「創造の母体」などとされました(中小企業政策審議会「80年代中小企業ビジョン」、同「90年代中小企業ビジョン」)。1999年に抜本改正された中小企業基本法(新基本法)も同様の中小企業観に立っています。

複眼的中小企業論の必要性

 私は問題型・積極型中小企業論はそれぞれ正しい面もありますが、中小企業の一側面のみを捉えた部分理論だと思います。例えば、問題型中小企業論では、高度成長期以後の中小企業が革新により国際競争力の原動力になった事実を説明できません。積極型中小企業論は中小企業の発展性を強調するあまり中小企業が抱えている問題を軽視、90年代以降の中小企業経営の困難化を説明できません。私は「中小企業は大企業にない固有の発展性を内在させているが、その発現を妨げる固有の問題性も課せられている。そのため、中小企業は発展性と問題性の統一物になる」と見るべきだと思います。発展性も問題性も中小企業の本質を共に構成するものとして理論的に包括し、「統一理解」すべきです。両者を同時に視野にいれるため複眼的中小企業論と自称しています。実は、この理論の源は中小企業家同友会にあります。同友会会員は中小企業の発展性や役割に確信を持ちながら中小企業が持つ問題も認識し、よき経営環境を実現しようと努力しています。複眼的中小企業論はこのような同友会の姿勢から学んだ考えなのです。

「中小企業家しんぶん」 2021年 1月 15日号より