【黒瀬直宏が迫る 中小企業を考える】第3回 中小企業に発展性をもたらすもの

NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「中小企業を考える」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の新連載。第3回目は「中小企業に発展性をもたらすもの」についてのレポートです。

情報共有の必要性

 前回、市場競争の根幹は場面情報を巡る情報発見活動(企業家活動)だと述べました。中小企業には資本力、規模の経済性、市場支配力などはありませんが、企業家活動には大企業にない有利性があり、これが、中小企業に固有の発展性をもたらします。その有利性とは中小企業では情報共有が容易なため、「その場その場」における出来事からの場面情報を感度よく察知できることです。なぜ、情報共有が重要かというと、情報の認識は個人の頭の中だけで行われるものではないからです。人は他人の頭にある情報を活用し単独では不可能な認識を行っています。情報発見活動の主体は個人ですが、それは個人を部分として含む、情報の共有ループで結ばれたシステムとして遂行されています。

企業内の情報共有ループ

 企業内の情報共有ループをモデル化すると、経営幹部の持つ上部情報(経営理念・戦略、経営実績など)を従業員が共有するためのマクロ・ミクロ・ループ、従業員の持つ下部情報(生産や営業の現場での出来事やそれから発生した場面情報)を経営幹部が共有するミクロ・マクロ・ループ、従業員同士が下部情報を共有するためのミクロ・ミクロ・ループがあります。この3ループごとの情報共有の効果には立ち入りませんが、経営者はこれらの重要性を日々感じていると思います。

 中小企業は規模が小さく、構成員同士が身体的に近接しているため、情報共有に最も有効なフェース・トゥ・フェースを情報媒体の核にできます。また、組織が単純だから部署間の見えない壁がなく、企業全体に関する共通の解釈基盤も形成されており、精神的にも近接しています。このため中小企業は企業内で太い情報共有ループを形成できます。

企業外との情報共有ループ

 企業は外部との情報共有ループも必要です。主なものは需要情報を得られる顧客とのループ、企業内のメンバーでは不可能な異種の情報を得る他企業とのループです。中小企業は地域の顧客をメインとしているため身体的に近接し(フェース・トゥ・フェースを使える)、生産や販売システムが巨大化・客体化しておらず、人優位のシステムのため顧客の要望を柔軟に受け入れられる精神的近接性も備えています。また、規模の小さい中小企業は外部経済を得るため地域産業集団を形成し、他企業との間でも身体的、精神的に近接しています。こうして、中小企業は企業外とも太い情報共有ループを構築できます。

企業家活動に関する「中小規模の経済性」

 規模の小さい中小企業は人との身体的、精神的「近接性」を特徴とし、情報共有には有利性があります。これが場面情報発見活動(企業家活動)を活発化させます。つまり、企業家活動には「中小規模の経済性」があり、これが中小企業に固有の発展性をもたらします。そして、中小企業は経済性を基盤に場面情報を蓄積します。「その場その場」で発生する場面情報は、本に書かれている情報などより専有度が高いため、その蓄積により情報参入障壁で囲まれた「独自市場」を構築、価格形成力を獲得しつつ発展します。市場の種々の分野のうち、特に需要多様分野は企業家活動の重要度が高く、生産上の「規模の経済性」も発揮できないので、ここが中小企業発展の舞台となります。

 「経済性」というと「規模の経済性」しか思い浮かべない人がいますが(本連載第1回でふれたD・アトキンソン氏のように)、それは「経済性」の一種でしかなく、企業家活動に関しては「中小規模の経済性」があり、中小企業に発展性をもたらすのです。

「中小企業家しんぶん」 2021年 2月 15日号より