【黒瀬直宏が迫る 戦後中小企業史】第9回 減速経済期(1974~90年)の中小企業経営(1) NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「戦後中小企業史」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。第9回は、減速経済期(1974~90年)の中小企業経営(1)です。

 減速経済期には中小企業問題が悪化し始めましたが(前回参照)、中小企業の新たな革新も起きました。既存の国内耐久消費財市場は飽和化し、貿易摩擦も激しくなったので、産業は高加工度分野への移行を図り、製品の高付加価値化・多品種少量化が進みました。高付加価値化には中小企業の持つ各種専門情報が必要であり、多品種少量化は小回りの利く中小企業の得意とするところなので、中小企業の企業家活動の舞台が広がりました。また、中小企業は人材不足に悩まされてきたために、従業員の能力を開花させ、情報発見活動を活発化させる経営理念や組織運営能力を磨いてきました。

 こうして企業家活動のための客体的、主体的条件が強化されたため、企業家活動が活発化し、次のような新たな「代表的発展中小企業」として「開発志向型中小企業」が出現しました。

「開発志向型中小企業」の特徴

 産業の高加工度化・製品の高付加価値化は、中小企業に製品の高機能化や多様化への貢献を要求します。それに応じて現れたのがこのタイプで、次の特徴があります。

 第1に、研究開発力を有し、差別化された製品や加工方法を生み出しています。中小企業の発展条件は高度成長期の量産性から研究開発による差別性へ移りました。

 第2に、研究開発に必要な情報的経営資源と効率的な多品種少量生産に必要なME(マイクロ・エレクトロニクス)機器が、主要な経営資源となっています。ME機器の代表が「メカトロ機」と呼ばれるNC工作機械で、プログラムを変えることにより種々の作業を熟練労働者並みに行えます。

 第3に、情報的経営資源の元になる「場面情報」発見のため、企業内および企業外(顧客や他企業)との情報共有に力を入れています(情報共有的組織運営)。

 筆者などが行った機械工業に関する調査によると、1989年時点で製品開発を継続的に行っている中小企業が全体で3分の1、小零細規模層(従業員1~19人)でも4分の1近くに達していました。また、下請企業の26.4%が「研究開発部門」を持っているという調査もあり(『中小企業白書1990年版』)、規模、業態を問わず、中小企業が開発志向化していることが分かります。

いくつかのタイプ

 「開発志向型中小企業」には次のようなタイプがあります。

 第1は「開発補完型」で、従来の下請企業が与えられた図面に基づいて生産するだけだったのに対し、親企業が提示した仕様を基に設計図を提案します。場合によっては仕様から提案します。一刻も早く新製品を市場に出したい大企業の製品開発を効率化する役割を果たしています。「開発志向型中小企業」のなかで最も多いタイプです。

 第2は「専門加工業型」です。唯一性の強い独創的な加工方法を開発する企業で、その開発力をいわば自社製品にしており、下請け企業の域を脱しています。

 第3は「製品開発型」で、市場規模の小さい産業用機械や日用消費財の開発を行う企業です。ただし、受託開発にとどまり、自社ブランド品開発に至らない企業もよく見かけます。

 第4は、「ベンチャー・ビジネス」で、「開発志向型中小企業」の中でも開発活動への特化度が高く(例えば、従業員の多くが研究開発要員であるというように)、情報集約度の極めて高い創造的な製品を生み出している企業です。なお、「ベンチャー・ビジネス」を、経営者が研究者などの専門職出身で、大企業をスピンアウトしたものが多いという点で、専門技能に依拠する伝統的中小企業とは断絶的ともいうべき相違があるとする見方もありました。しかし、その後、経営者が大企業出身者でない既存中小企業からも創造的な製品を生み出す中小企業が現れており、筆者は「ベンチャー・ビジネス」を伝統的中小企業と連続する「開発志向型中小企業」の1種として位置づけています。

「中小企業家しんぶん」 2022年 4月 5日号より