【黒瀬直宏が迫る 戦後中小企業史】第14回 長期停滞期(1991年~)の中小企業経営(1) NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「戦後中小企業史」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。第14回は、長期停滞期(1991年~)の中小企業経営(1)です。

市場自立化に向けて

 中小企業は1991年以降中小企業問題の未曾有(みぞう)の悪化に襲われ、売上減少・キャッシュフローの悪化、リスクを避ける経営の保守化で、研究開発が不活発化するなど、全体としては革新への逆行が強まり、「開発志向型中小企業」の数も減りました。しかし、中小企業の企業家活動は廃絶はされず、逆行下にあっても中小企業の課題である市場自立化に向けての革新努力を遂行、成果をあげた「開発志向型中小企業」も見られました。その特徴は次のとおりです。

マーケティングが経営の柱へ

 第1に、市場縮小を突破するため「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」の展開によりマーケティング活動を活発化しています。「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」とは、ここでは「個々の顧客との情報受発信により顧客需要の創出を図るマーケティング」を指します。顧客は一般に自分自身のニーズを明確な形では意識していません。顧客のぼやっとしたニーズを捉え(情報受信)、必要なのはこういうものではないかと提案し(情報発信)、顧客に気づかせる。私はこれを「市場のつぶやきを聞き取る」と表現しています。

「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」が中小企業の間で広まったのは、類似的消費も発生する一方、個人消費ニーズも産業ニーズも多様化、細分化が進み、顧客と一対一の関係に立ってニーズを把握しなくてはならないからです。また、中小企業は設備や組織が巨大化・客体化した大企業と違い、自分のシステムに顧客の需要を合わせるのではなく、個々の顧客のさまざまな需要に対応しやすいからです。このマーケティングは、顧客の反応という「場面情報」を基に新たな需要を創出する企業家活動であり、マーケティング能力の不足という日本の中小企業の宿痾(しゅくあ)を克服する注目すべき動きです。

戦略的ネットワークの発展

 第2に戦略的ネットワークの発展があげられます。戦略的ネットワークとは特定の目的を達成するために異なる経営資源を持ち寄っている中小企業のグループです。1974~75年の不況をきっかけに盛んになり、その後盛衰はあったものの中小企業の間で定着し、長期停滞期に突入後また活発化しました。これは、大企業起点の垂直取引関係下で従属的地位にある中小企業が、垂直分業横断的に取引関係を形成し、自力で市場開拓を始めたという大きな意味を持ちます。ネットワークは次の4種類に分類できます。

・「特定企業の戦略による市場開拓ネットワーク」―ある企業が他の企業や外部の専門家の力を借りて製品を開発するため,ネットワークを形成するもの。
・「特定企業の戦略による生産ネットワーク」―ある企業が生産機能を充実させて受注の幅を広げるため、他企業をネットワーク化するもの。
・「共同戦略による市場開拓ネットワーク」―複数企業の共同戦略として製品開発するもの。共同で開発する場合とメンバー企業の製品開発のためにほかが協力する場合があります。
・「共同戦略による生産ネットワーク」―複数企業の共同戦略として、各メンバー企業の受注幅を広げるため、メンバー相互間で生産機能を提供し合うもの。

情報共有的組織運営

 第3に、これも1974年以降の減速経済期に拡大し始めたことですが、経営理念や経営計画の共有化、従業員の持っている情報の共有化、他企業や顧客の持っている情報の共有化など、情報共有的組織運営をマネジメントの柱と位置づけていることです。これは、今日では発展している中小企業共通の特徴になりました。

グローバル・ニッチ企業

 第4に、国内市場が縮小する中、大企業に頼ることなく、主体的に輸出開拓や海外直接進出をする中小企業が現れています。その武器は価格競争力ではなく、差別化された製品や加工技術であり、いわゆるグローバル・ニッチ企業として発展しています。

 以上のような革新を進めている「開発志向型中小企業」は、「独自市場」の構築あるいは強化で価格形成力を獲得、市場自立化を達成した「企業家的中小企業」へ進化しています。

「中小企業家しんぶん」 2022年 7月 5日号より