【黒瀬直宏が迫る 戦後中小企業史】第15回 長期停滞期(1991年~)の中小企業経営(2) NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「戦後中小企業史」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。第15回は、長期停滞期(1991年~)の中小企業経営(2)です。

コロナ大不況と闘う中小企業

 前回は経済の長期停滞という逆行下にあっても中小企業の課題である市場自立化に向けての革新努力を遂行、成果をあげた中小企業の特徴をあげました。では、2020年以降のコラナ大不況に対し、中小企業はどのように対応しているのでしょうか。次に見るように中小企業は総崩れしているわけではなく、戦略的に対応している企業が多くあります。

守りの強化

 その戦略とは、まず、収益が悪化しても経営継続に支障なきよう必要な資金を確保すること、つまり「守り」の強化です。中小企業は2008年のリーマンショックによる資金繰り難をきっかけに設備投資を抑え、手元流動性(現預金など)を増やし始めました。その上で政府がコロナ禍対策として打ち出した実質無利子無担保融資などを積極的に活用し、かえって資金繰りの余裕を高めた中小企業は少なくありません。ただし、今、この返済を順調に行えるかという問題を迎えています。

市場開拓

 次が「攻め」の経営で、第1が市場開拓です。コロナ大不況下でも売上を維持・増加させている中小企業によく見られる特徴は、市場の多角化です。感染対策需要、テレワーク需要、巣ごもり需要など、コロナ禍による新たな生活様式や働き方による需要が生まれ、多角化企業の事業部門の1つがそれに関連すれば売上後退は防げ、売上増もあり得ます。市場多角化は言うまでもなく市場開拓の成果であり、前回述べた「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」などを活発化させていた中小企業の成果です。もちろん、コロナ大不況の中、新たに市場開拓に努力している企業もあります。靴下、ネクタイ、シャツなど、繊維関係の種々の製造技術を応用した、特徴ある各種マスクが開発されたように、その多くは既存の経営資源を基にした短期開発です。「大きなことはできない、しかしちょっとやってみるか」といった中小企業家魂の産物です。

コスト改革

 「攻め」の第2が損益分岐点売上を引き下げるようなコストの構造的な改革です。典型例が大手部品企業のサプライヤー、エイベックス(株)です。同社の受注は2020年4月前年比50%減、5月70%減、6月50%減になりましたが、余った時間を利用し、社員全員でコスト改善に取り組み、早くも7月に成果を出しました。7月の受注は30%減だったのに黒字化しました。従来の70%の売上でも黒字が出る体質転換に成功したのは、経費節減の工夫だけでなく、自力で設備の自動化に取り組み、1人の従業員で見られる機械の台数が増えたことが大きな効果を発揮しました。設備が自動化すれば現業から人をまわして、設備改善をさらに促進できます。同社はこの好循環でコスト改善を超え、エンジニアリング機能の一層の強化という経営革新に踏み出しました。

人材・組織の強化「人間尊重経営」

 市場開拓、コスト改革の原動力は人の持つ知恵や情報です。そのため、コロナ大不況が長引き、従業員の削減が一般化している中、雇用は削減しないと宣言するだけでなく、今が人材確保のチャンスと見て、人材採用と人材教育強化を戦略に掲げる中小企業は少なくありません。また、人材力を組織として発揮するため情報共有を柱とする組織運営を進めています。社内で市場、技術情報の共有密度を高め、地元住民のコロナ禍に対する不安の声や「うちの技術でマスクを作れるはず」といった現場従業員の声を市場開拓につなげています。コスト改革も現場従業員の「気づき」の共有で進められています。そして、危機突破に何よりも必要なのは全社一丸体制です。「自力で仕事を確保できる企業」を目標にそのために必要な個々の社員の課題を明確化し、全社員が同じ方向性を共有しています。コロナ大不況とよく闘っている中小企業の根源となっている力は、このように人の能力の尊重と情報共有により、人を生かす「人間尊重経営」です。

「中小企業家しんぶん」 2022年 7月 15日号より