先を見通せない今こそ体系的な経営指針が経営の羅針盤に 慶應義塾大学経済学部教授 田中 幹大(中同協企業環境研究センター 協力委員)

【2022年4~6月期の同友会景況調査(DOR)オプション調査結果より】DOR回答企業の「経営指針の成文化・実践状況と2020年以降の対応」について

経営指針の策定は中小企業家同友会の中で特に重要な運動として位置づけられています。経営指針は、経営理念(企業の社会的存在意義)、10年ビジョン(経営理念を追求していく上での未来像を描いたもの)、経営方針(10年ビジョンの実現のための中期目標と達成のための道筋を示したもの)、経営計画(経営方針達成のための実行計画)の4つの総称で、その4つを成文化することで全社一丸の経営をめざしていくのが経営指針確立・実践の運動です。

2022年4~6月期のDOR(同友会景況調査)では、「経営指針の成文化・実践状況と2020年以降の対応」をオプション設問として調査しています。ここからは経営指針の策定状況と新型コロナウイルス感染症やロシアのウクライナ侵攻の影響下で経営指針に対して企業がどのような意識をもっているかを見ることができます。以下ではこのオプション調査から特徴的な点を見ていきたいと思います。

体系性をもった経営指針の策定は依然として課題

「経営理念」については「ある」と回答している企業は9割を超えており、同友会の経営指針確立・実践運動の成果を見ることができます。ただし、経営理念の「社内公開済」「社内外公開済」となるとその割合は5割程度に下がります。経営理念の「公開」が経営理念の従業員との共有、あるいは顧客や地域住民といったステークホルダーとの共有ということであるならば、単に経営理念を定めるだけでなく広く公開していくことが求められます。

また、「10年ビジョン」「経営方針(中・長期計画)」では、「ない」と回答している企業の割合が経営理念に比べて高くなります(図1)。経営指針の策定が、経営理念をもとに10年ビジョンが描かれ、そのビジョンのもと自社の経営力と経営環境の分析によって経営方針(中・長期計画)が定められ、それをもとに経営計画(単年度計画)が決められる体系性をもったものだとすれば、そうした体系性をもった経営指針の策定は依然として課題であると考えられます。

経営指針を策定している企業の特徴

まず、企業規模が大きくなると経営指針の有無で「ある」と回答する企業の割合が高くなる傾向にあります。逆に小さくなると「ない」と回答している企業の割合が高くなっています。特に「5人未満」「5人以上10人未満」で「ない」の割合が高くなります(ただし、10年ビジョンでは「100人以上」の割合も高くなっています)。

また、「10年ビジョン」「経営方針(中・長期計画)」については、業況水準別に見ると、「良い」「やや良い」企業は「ある」と回答する割合が高く、「悪い」「やや悪い」企業で「ない」と回答する企業の割合が相対的に高くなっています。採算水準別に見ても同様な傾向があります(図2)。

以上から直ちに経営指針の策定が経営改善に寄与するとは言えませんが、経営指針の策定と経営状況には関係があると考えられます。

経営環境が激変する中、企業規模や経営状況によって経営指針に対する意識は変わる

次にコロナやウクライナ侵攻など経営環境が激変した2020年以降での経営指針に対する企業意識について見てみましょう。経営指針の見直しについて、経営理念については「見直し、変更しなかった」「見直していない」の割合が高くなっています。経営理念はその企業の社会的存在意義ですから普遍的な内容をもっているので見直していないこと、変更しなかったことは必ずしも否定的な意味を持ちません。ですが、経営環境が激変したもとでは10年ビジョンや経営方針(中・長期計画)、経営計画(単年度計画)は見直し、変更があってもいいでしょう。しかしながら「見直していない」とする割合は企業規模が小さく(特に5人未満)、業況水準や採算水準で「悪い」「赤字」で相対的に高くなっています。

企業規模や経営状況によって経営指針策定の観点も変わる

企業規模や経営状況の違いによって経営指針の作成、見直しの上で何を重視するかも異なっています。「経営指針を作成、見直す際に重視する事柄」の設問では、速報にありますように外的要因では「顧客・取引先・市場の変化」(55%)、「部材価格・燃料コストの高騰」(36%)、「DXへの動き」(29%)、「人口減少、少子高齢化」(26%)、「社会の価値観や行動規範の変化」(24%)が上位項目となっています。しかし、企業規模で見ると、規模が大きいほど「脱炭素・カーボンニュートラルの動き」「DXへの動き」の割合が高いです。また、内的要因では「人材育成」(52%)、「人材確保」(40%)、「働き方」(34%)の人材関連が上位項目ですが、それらも企業規模が大きいほど重視する傾向にあります。また、規模が大きいほど「DX導入」「SDGs」の割合が高くなっています。逆に「5人未満」「5人以上10人未満」では「事業承継」「財務力」「ブランド力」の割合が相対的に高くなっています。

業況、採算水準別には「良い」「やや良い」や「黒字」の企業は外的要因で「人口減少、少子高齢化」「脱炭素・カーボンニュートラルの動き」「DXへの動き」を重視し、「悪い」「やや悪い」や「赤字」企業は「部材価格・燃料コストの高騰」「顧客・取引先・市場の変化」を重視する傾向にあります。内的要因では「良い」「黒字」企業は「働き方」を重視するのに対して「悪い」「赤字」企業は「事業領域」、「財務力」「生産性」を重視する割合が高いです。

資金繰り別に見た場合も業況、採算水準別と同様の傾向にあります(図3)。

以上からは企業規模が比較的大きい企業、業況、採算、資金繰り状況が比較的よい企業は、今後対応していかなければならない社会の長期的構造的な課題を重視する傾向にあると言えます。そして、企業規模が小さく、業況、採算状況といった経営状況が不安定な企業は短期的な要因を重視しています。

先が見通せない中で先を見通す-経営指針策定の意義

経営指針の策定とその見直しは、経営環境の激変によって噴出する日々の問題に対応するだけでなく、そうした経営環境をどのように乗り越え、企業としてめざすべき姿に成長していくかを考えていくことにつながります。現在、新型コロナウイルス感染症やロシアのウクライナ侵攻など経済的に不安定な要因が多く、先を見通しづらい状況になっています。そうした厳しい経営環境下では経営問題に対処療法で対応しがちです。しかし、厳しいときほど企業の根本的な問題・弱点も表面化します。先を見通せない今だからこそ体系的な経営指針を考えることによって社会の先を見通す努力をしながら自社のあり方を見つめ直して強靭な経営体質を形成していくことが重要なのではないでしょうか。

「中小企業家しんぶん」 2022年 9月 25日号より