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「金融検査マニュアル別冊・中小企業融資編」解説

画一的運用は変わらない
静岡大学教授 鳥畑与一(国際金融論)

「中小企業家しんぶん」2002年5月5日号から


 金融庁が4月12日に発表した「金融検査マニュアル別冊・中小企業融資編」(以下、マニュアル別冊)は、画一的な金融検査マニュアルによる金融機関の査定で、不況に苦しむ中小企業を破綻懸念先以下に格付けし、弱小金融機関を「検査倒産」に追いこむ事態を生み出していることへの批判を受ける形で発表されました。中同協では5月13日にマニュアル別冊に関して検討し、金融庁に意見を出す予定です(1面詳報)。本特集では、これに関する内容の解説とともに、鳥畑与一静岡大学教授に金融庁の金融行政そのものの問題点から見たマニュアル別冊について話を聞きました。

 マニュアル別冊は金融庁ホームページの「新着情報」より入手できます。 http://www.fsa.go.jp/

 

解 説

従来検査の路線を踏襲


 「(中小企業は)財務状況が悪化し倒産しても、代表者が私財を処分して返済する例がある。そうした事例を蓄積して、現場での判断材料にしたい」との柳澤金融担当相(3月25日・参議院予算委員会)の言葉通り、金融庁は2月の検査管理官(財務局理財部次長クラス)会議で事例を持ち寄り、ケースごとの分類作業を進めてきました。

 金融庁検査局検査指導官の木村耕3氏は「検査マニュアルは検査官の手引書だが、これを開示するのは金融機関の債務者判断の1つのツールとするため。中小企業はBS、PLで判断できない要素が多く、リスク管理のためには債務者の力を裏づけ説得できる資料をそろえる必要がある。別冊は1月からの国会での論議を受けて作成したが、以前から指摘があるように、いっそう画一的な対応になりやすいため、内部でもこれ以上明文化しないほうがいいとの意見もある」と述べています。

具体的な内容

 「金融検査マニュアル別冊・中小企業融資編」は、中小・零細企業の債務者区分に当たって、その判断の解説である「検証ポイント」と具体的な運用事例「検証ポイントに関する運用事例」からなっています。

●検証ポイント

 金融検査マニュアルの中の「信用リスク検査用マニュアル」で、金融機関の「自己査定に関する検査について」の「債務者区分」で述べられている、「特に中小・零細企業については、当該企業の財務状況のみならず、当該企業の技術力、販売力や成長性、代表者等の役員に対する報酬の支払い状況、代表者等の収入状況や資産内容、保証状況と保証能力等を総合的に勘案し、当該企業の経営実態を踏まえて判断するもの」の部分について、「検証のポイント」を以下の5点であげています。

 これらは特に不良債権となるかどうか、「要注意先」および「破綻懸念先」の微妙な区分について言及しています。

 「一企業の実態的な財務内容」では、代表者等からの借入金の自己資本相当額への算入について検証することとし、「2代表者等の役員に対する報酬の支払い状況、代表者等の収入状況や資産内容、保証状況と保証能力」では、代表者への支払いや代表者自身の資産内容、借入金、保証債務等の有無について検証することとしています。

 また、同友会でもこの間特に強調してきた「経営指針づくり」による企業の将来性の強調では、「3企業の技術力、販売力や成長性」「4経営改善計画等の策定」部分が焦点となります。

 3では、特許等を背景とした新規受注契約の状況、今後の事業計画、マスコミの記事、市場規模・シェアの拡大状況、販売条件や仕入条件の優位を検証するとして、4では、企業の具体的な経営計画をその検証のポイントに入れることとしています。

 「5貸出条件及びその履行状況」では、条件変更がすなわち不良債権区分とならないよう、条件変更等にいたった要因、また資金の使途について確認することとしています。

●検証ポイントに関する運用例

 この項では先の検証ポイントについて、具体的な13の運用事例を挙げて解説しています(表参照)。ケースごとの自己査定が適切であるかどうかを解説し、債務者区分する際に留意すべきポイントを記載しています。

 ただ、これは具体的事例とはいえ13通りのパターンに過ぎず、判例のように画一化した検査の一環に利用されるのではないかとの新たな懸念にも結びついてきます。

●資産査定の抽出基準明確化

 これまで数値的な基準のなかった検査の資産査定抽出基準ですが、抽出率を下げて、検査の効率化をはかるという観点から、検査を受ける金融機関が前回の検査で良好であった場合につき、与信額が2000万円または資本部合計(会員勘定合計)の1%のいずれか小さい額未満の債務者については、自己査定に委ねられる、としています。

 総じて、マニュアル別冊は「金融機関に新たな資産査定基準を課すといった性格のものではなく、また、金融業態によりその判断基準に差を設けるというものではない」との前文通り、不良債権区分の線引きを実例を出して明確にしたに過ぎず、地域金融機関の再編は、ペイオフ解禁で「経営の健全性」を追求する金融庁の指導のもと、ますます強化されていくことが予想されます。

(中同協事務局 平田)

 

画一的運用は変わらない

静岡大学教授 鳥畑与一(国際金融論)

 マニュアル別冊は「中小企業に配慮する」という点で一定の改善があったとする一方で、根本的な解決にならないと受け止めています。

 グローバル金融の安定化をめざす今の日本の金融行政は、金融庁の「市場規律と自己責任原則」を基軸とする健全性規制で成っています。リスク調整済みの自己資本比率のみに基づいて金融機関を査定し、投資家の利益の擁護を目的とした早期是正措置を背景に、利益極大化のための貸し渋り、リストラを金融機関に強制する一方で、金融機関の公共的・社会的役割や債務者の保護の否定による社会的被害を拡大・放置することで経済的不況を深刻化させています。

 利益極大化のものさしで中小企業や地域金融機関、特に協同組合組織である信金や信組は計れません。それにもかかわらず債権者の利益を中心と考えた市場規律論により、中小企業債権などはリスクが高いと評価されて引当を積まされ、わずかな債務超過で金融機関が淘汰されていく。それによって引き起こされる借り手側の被害、中小企業や地域への負担、2次的、3次的な社会的コストは全く考えられていないのが現実です。

 不良債権処理の遅れを「甘い」金融検査の結果と批判された金融庁は、「金融検査マニュアル」からも逸脱した「厳しい」当局査定を強制。しかし意見具申制度はあるものの、オンブズマン制度による調停の道が許されている米国と違い、日本には恣意的で杜撰(ずさん)な検査によるリスクを管理する手段が存在しないため、金融庁並びに検査官の一方的裁量的解釈による機械的・画一的検査評価の強制を許容することになっています。「中小企業融資編」による検証基準の追加はマニュアルの一部を明文化し補強したに過ぎず、日本の金融監督体制の構造的欠陥を根本的に解決するものではありません。

調査 資料 対話 シリーズ「どうする政策金融Q&A
」 シリーズ「どうなる金融〜不良債権最終処理」 シリーズ「どうなる金融〜信金再編の余波」 シリーズ「金融機関とともに地域を考える」 シリーズ「金融機関とともに東京同友会と東信協・保証協会」

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