講演録

中小企業憲章を考えるいくつかの前提
〜主体的に自ら規範を作り出す挑戦

東京大学名誉教授 堀尾 輝久氏

 8月24日に開かれた中同協社員教育委員会では、中小企業憲章学習運動推進本部との合同企画として、堀尾輝久・東京大学名誉教授の「中小企業憲章を考えるいくつかの前提」と題する特別講演を行いました。その報告要旨を紹介します。

 

憲章とは何か

 憲章(Charter)でもっとも古いものに、1215年、イギリスで王の権力の独裁的行使を規制するために作られた「マグナカルタ」があります。19世紀前半のチャーチスト運動の中で生まれた人民憲章もあります。そして、国連憲章、日本の児童憲章、その他、団体のつくったものとして科学者憲章、名大憲章、東大憲章というものもあります。

 憲章には2つの意味があります。1つは、権利宣言としての意味です。倫理的、道徳的規範としての意味を持ちますが、法的拘束力はありません。実効性をもたせるために、法規範に近づける、つまり法律に近づける努力が必要です。

 もう1つの意味は、ある事柄に関する諸法規の統一的理念、原則を示すものということです。先行して法律ができていて、それを貫く理念が後からできるということもあります。児童福祉法、教育関係法などの子ども関連諸法と、それを貫く子どもの福祉と教育の権利宣言としてできた児童憲章の関係がそれです。

地球時代ということ

 中小企業憲章を考える上で、まず現代がどういう時代か考える必要があります。私は地球時代であり、地域の時代であると考えています。地球時代とは、地球上に存在するすべてのものが運命的きずなによって結ばれているという感覚が地球的規模で広がっていく時代ということです。

 1945年がその出発点でした。第2次世界大戦の終結、新しく平和をつくろうとする息吹、反面、核時代の始まりなどネガティブな事実への反省から生まれてきた地球時代。それは国際人、コスモポリタンを育てるということとはちがいます。

憲章は国民がつくる

 だれが憲章、条例をつくるかということにも関係してきますが、中央と地方の問題をどう考えるかは大事な問題です。

 地域に個性がなくなっている中、地域の自治をつくりながら、グローバルな関係をどうつくっていくかが課題になっています。中央と地方と言った場合、大企業と中小企業の関係にも類似しますが、地方も中小企業も単なる下請けではないはずです。

 帝国憲法の時代には、地方自治という言葉はありませんでした。自治省ができたのは戦後です。戦前は内務省が国家の意思を地域に伝え、その根幹は警察行政と教育行政でした。

 現在の憲法では、第92条で、地方自治の基本原則として「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」とし、第94条では「地方公共団体は、(中略)行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる」とあります。実はGHQの憲法草案にあった「地域の住民は憲章をつくることができる」という記述と比較すると、主語がちがい、憲章が条例にかわっていることがわかりますが、このちがいは大変大きいものです。

 行政法の学者で、後に最高裁判事になった田中二郎先生が、1960年代に「地方自治について、戦前までの(美濃部達吉などの)伝統的解釈の枠を出なかった」という反省をしています。それは、地方自治には2通りの考え方があり、1つは、地方が本来持っているとする自治で、もう1つは国家から委譲された自治です。前者は、ヨーロッパによく見られるように、地方自治体が先にできて近代国家はあとからできたケースで、地方が固有の権利をもっているとするもの。これが憲法で言う「地方自治の本旨」です。一方、後者は、日本での戦前までの考え方であり、戦後もしばらくはその伝統的解釈の枠をでなかった、というのです。

 ですから皆さんが、憲章とそれに基づく条例をつくる運動を進めていることは、新しい挑戦でもあるわけです。

豊かな人間関係を

 最後に企業内教育と学校教育について一言触れておきます。

 企業内教育は、第1に、社会の組立て、骨格としての憲法が、社会や企業の体質となるような観点で行うこと。第2に、教育基本法の理念の上に立って行うこと。第3に、働くとは自分を生かすことと考えて労働関係法を学ぶこと。

 学校教育に求められるものは基礎学力を始めとしてたくさんありますが、「人間と労働」について学び、豊かな人間関係をつくるということが最大の課題ではないでしょうか。

 仲間関係をズタズタにするような競争関係の中では、社会性もコミュニケーション能力も育ちません。そして教師は、まず子どもの声、社会・地域・企業の声を聞くべきでしょう。

 

堀尾 輝久氏
プロフィール 
東京大学教育学部教授、中央大学文学部教授を経て、現在、東京大学名誉教授。日本教育学会元会長。著書に「日本の教育」(東京大学出版会)など多数。

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