中小企業政策審議会中間答申への意見

中小企業政策審議会(中政審)の中間答申が8月20日に公表されました。この公表に伴って中政審では中間報告へのパブリックコメントを募集し、中同協ではこの募集に応じ、意見を述べたものです。

中小企業政策審議会中間答申への意見
中小企業政策審議会 会長 稲葉 興作 殿
1999年9月10日
中小企業家同友会全国協議会 会長 赤石 義博

 本年8月20日これまでの中小企業政策を根本的に見直す「中小企業政策審議会中間答申」が公表されました。この中間答申につきまして、私どもの意見をここに表明いたします。

 私ども、中小企業家同友会全国協議会[略称・中同協]は、1969年(昭和44年)設立以来、自助努力による経営の安定・発展と、中小企業をとりまく経営環境を是正することに努めて参りました。

 現在世界経済は、「大競争」時代をむかえ、日本経済も、市場原理万能論が横行する競争激化の中で、金融構造、産業構造、市場構造、財政構造などが大きく変わる大転換期に突入しています。その一方で、日本の景気は1997年後半以降急速な景気後退に陥りました。1999年に入ってからは持ち直しの様相を示しつつありますが、中小企業の景況は厳しい状態が継続して今秋にも金融問題(クレジット・クランチ)の再燃が懸念されています。こうした中で経済政策としては本年8月に「産業活力再生法」が成立し、主として大企業への多様な支援策が整備されました。残されている中小企業政策の整備が中小企業基本法の改正としてそれに続いています。

1.私どもの基本視点

 厳しい経営環境におかれてはいるものの、現在、日本の中小企業が新たな社会的経済的役割を果たしていくことが豊かな日本を形成するための一つの焦点になってきていると、私どもは考えています。その内容は、中小企業が、国民の暮らしを支え、空洞化・疲弊化が進む地域経済の再生と日本経済の「質」を高める中心的担い手として、活力のある豊かな経済社会を創造していくために持てる力を発揮していくことです。こうした時代の要請に応えるため、これからの中小企業づくりの課題を、私どもは次のようにとらえています。

 第一に、自社の存在意義を自覚し、社会的使命感に燃えて事業活動を行ない、国民と地域社会からの信頼や期待に高い水準で応えられる企業。

 第二に、社員の創意や自主性が十分に発揮できる社風と理念が確立され、労使が共に育ちあう、活力に満ちた豊かな人間の集まりとしての企業。

 私ども中小企業家同友会は、このような企業のあり方に向かって努力することこそが、当面の経営課題を解決し、21世紀における中小企業と日本経済の展望を確かなものにする道であると確信しています。

2.個別政策について

 中間答申をこのような視角から見たとき、次の9つの個別政策((1)-5点、(2)-4点)に注目いたしました。

(1)現実化・具体化を期待する政策

 第一に、経営革新の促進ということで、既存企業の経営革新という「新たな取り組み」にたいし、積極的に支援するとしていることです。

 とくに、支援対象をこれまでの業種別組合を中心とした制度から、個々の事業者を支援対象の中核と位置づける支援組織形態の弾力化を図るということと、高度化融資制度を自らの意欲により積極的に新事業の開拓を促進する中小企業への支援へ重点化する等、制度や運用を見直すという指摘に注目しました。

 ともするとベンチャー企業支援にばかり目が奪われがちな風潮の中で、具体的な政策の1番目に、自立型中小企業へ向けた既存企業の経営革新にたいして積極的支援をかかげていることが印象的です。現実化を期待します。

 第二に、「民業補完」にある政府系金融機関の機能強化をうたっていることです。
 なかんずく非財務的な要素に係る審査能力の強化と体制の整備を図る、さらに、中小企業のニーズに見合った制度設計など新型融資制度を設けるとともに、中小企業の健全な発展のための資金ニーズに、より一層適合した信用補完制度とする必要があるといっていることです。これは、融資審査における担保優先主義からの脱却、事業リスクに応じた金利の設定、据置期間・償還期間の多様化をはかる、とかく批判のあがりがちな信用補完制度を現実の中小企業のニーズに沿ったものに改善する(柔軟な制度設計、審査機能の向上)ことにつながる中小企業家の要望を適切に反映した積極的な提案と受けとめています。

 第三に、経営資源の充実強化の重点をハード面からソフト面へ移していく中にあって、技術開発等の円滑化として公設試験研究所(公設試)の役割強化を掲げていることです

 公設試が地域の中小企業のニーズに密着した技術支援機関としての役割を果たしていくことや、中小企業へのアドバイスやコーディネーター機能の役割が重要であり、さらに連携の触媒としての役割が期待されるとしています。公設試の役割強化については、私どももここで指摘されているとおりの方向で着実かつ持続的に推進すべき重要な政策であると考えています。

 第四は、セイフティネット整備における倒産法の整備の項目です。

 ここでは企業債務に個人保証している経営者等個人の更正手続きの創設による、企業再建手続きと個人の保証債務の一体処理の導入等事業に失敗した場合に、市場からの円滑な退出と再挑戦を容易にする政策が提示されています。この政策は極めて注目に値する政策であり、市場の退出と再挑戦を円滑にするだけでなく、事業承継を円滑にするものでもあります。具体化を期待します。

 第五に、役に立つ政策という視点から政策対象の多層的把握と個別政策において定義に弾力性を持たせるという姿勢を示していることです。

 中小企業家が現状に甘んずることなく困難に立ち向かい、自らの運命を切り拓こうとする意欲と取り組みを政策対象として適切に捕捉しようという意気込みがあらわれています。これも具体化を期待します。

(2)さらなる掘り下げが必要な政策

 第一が取引の適正化についてです。

 取引の適正化については、市場原理尊重のもと、中小企業の公平な市場参入の機会を確保する。そのためには、中小企業者に不当な不利益を与えるなどの不公正な取引に対して厳正・迅速に対処するとして、取引の一層の適正化のため、「政策的対応の強化を図る必要性がある」といっています。そして具体的には下請代金法を一部サービス業へ拡大する。さらに、大規模小売店による下請代金以外の優越的地位の濫用等のトラブルの実態を把握・監視し、弱い立場にある事業者による問題提起を可能としうるような仕組みの検討の必要性が指摘されています。

 市場原理尊重の下では、ここで指摘されているように実際に不公正な取引(とくに大企業と中小企業との間における)にたいして市場のルールを守るべく具体的に「厳正・迅速」な政策的対応が不可欠です。どのような対応かについて、中間答申は「政策的対応の強化を図る」とだけしか述べていません。本年5月に発表された「中小企業政策研究会最終報告」では「独占禁止法等のルールの厳格な運用により、適正な取引条件の確保を図る」といっていました。独占禁止法の厳格な運用はどうなったのでしょうか。また、経済産業省設置法では第4条で「市場における経済取引に係る準則の整備に関すること」(第4条5項)が経済産業省の果たすべき役割の一つになっています。したがって「政策的対応の強化」だけでは不明確ですので、どのような方向の「政策的対応の強化」であるのかを明示すべきです。私どもは、不公正取引への対応には独占禁止法の活用が必要であるとの前提に立ち、厳格な運用だけで済まない場合は、独禁法の強化も政策の範囲に入れて対応しなければ市場原理の尊重にはならないと考えます。

 第二に、中小企業の範囲に関して、資本または議決権の一定割合を他の企業に保有されているか否か等、企業の「独立性」について、施策の目的に応じ、適切に考慮していくことが適当であると、中小企業であることの基準の一つに「独立性」を入れていることです。分社化等の企業形態で実際には大企業に保有されているが、形式的には中小企業という企業の増加が見られるだけに、この「独立性」を中小企業の区別に用いる現実的意味は大きいものがあります。したがって具体的にどのような基準にしていくのか、より一層明確にして運用されることを希望します。

 第三に、政策評価の充実を図ろうとしていることです。

 施策の企画立案過程におけるパブリックコメント制度の活用等による透明性、公平性の確保、施策の導入後における施策利用者からの評価等による施策効果の検証とその公表、各施策実施機関へのフィードバックなど政策評価手法の確立とその積極的導入が必要であるとしています。

 近年経済政策の失敗が指摘されるという現実にあって、政策当局自らが是正する取り組みであるといえます。ただし政策効果の検証システム構築にあたっては、中小企業の現場の声を正当に反映させることのできる仕組みを作ることが肝要です。このようにして既存の民意集約の仕組みを根本的に改めること、さらにこの改善を進めるために省庁の担当者を数年間は専念させる人事的措置が必要であると、私どもは考えています。

 第四が国と地方公共団体との政策的役割分担についてです。

 中間答申では、地方公共団体は、地域活力の源泉たる中小企業の振興を図るための施策を、地域の実情を踏まえ策定し実施するべき、国と対等な行政主体であり、国は基本政策のフレームワークの構築や指針の提示、競争条件の整備や創業・経営革新などに係る制度設計や真に全国規模・視点で行われることが必要な施策のメニューの確保及び先進的なモデル事業・都道府県をまたがる広域的な事業等の推進に重点化すべき、としています。

 これからの国と地方の関係として、私どももここで示されているような地域経済の活力をベースにとらえていく地方分権的な考え方には大賛成です。しかし、財源問題に触れられていないのはいかがなものでしょうか。財源が明確にならない地方分権は脆弱なものです。現在地方財政は悪化しています。地方が自主的に裁量できる財源問題をどうするのかを合わせて提示されることを望みます。

3.中小企業政策全体について

 以上は個別政策における中間答申の注目すべき諸点でしたが、次に中小企業政策全体についての考え方に移ります。

 中間答申は、現状認識として中小企業基本法制定時の特徴である中小企業の過多性から中小企業の多様性が拡大して、格差の実態の意味が変容させられる変化が生じて、今や画一的な中小企業像を前提とした「格差是正」という政策理念とこれに基づく政策体系は現実に適合しなくなっているというとらえ方のもとに、21世紀の中小企業像を機動性、柔軟性、創造性を発揮し、我が国経済の「ダイナミズム」の源泉として、また、自己実現を可能とする魅力ある就業機会創出の担い手として、積極的役割が期待されると述べています。その上で、これからの中小企業政策の基本理念を「多様で活力ある独立した中小企業の育成・発展」にあると規定しています。

 つまり、中間答申は中小企業の多様性を中心概念としながら中小企業の役割を日本経済の「ダイナミズム」の源泉であると位置づけていることになります。

 たしかに、21世紀にかけて中小企業の役割の高まりを評価していますが、その評価は日本の産業政策の上でこれまでとられてきた中小企業政策の基本的位置づけである補完的役割の変更を意味するのかどうかが不明瞭です。

 第一に、そのためには少なくとも中小企業基本法の「二重構造」を前提にした格差是正政策等で構成されてきた政策体系が現実の日本経済と中小企業の展開においていかなる意義と問題をもたらしたかの政策評価をきちんとしなければなりません。その政策評価の上に新しい政策がでてくると考えます。

 第二に、私どもは大転換期の日本経済に果たす中小企業の重要な役割を正当かつ正確に評価するならば、従来の補完的政策としての位置づけから、大企業が日本経済に果たす役割に並ぶ二つの柱の一つに位置づけを変えて、中小企業重視の政策へ抜本的に転換させる時期であると判断しています。中小企業政策を補完政策から重視政策へ大転換することこそが必要であると考えます。

 第三に、中小企業の役割の高まりの評価は何によっては担保されるのかといえば、その一つの指標が予算措置です。国家予算の1%にも満たない現状(99年度、0.23%)を評価に見合う水準にまで急速に改善していくべきであると考えます。

 第四に、現状では具体的な基本法案・関連法案等の法律案が論議の俎上に上っていませんが、法律案が存在してこそ政策の具体的イメージがはっきりするものです。政策のあり方と法律案とをセットにした分かりやすい論議が望ましいと考えます。