【中小企業を考える】第7回 収奪問題

NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「中小企業を考える」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。第7回目は「収奪問題」についてのレポートです。

 前回は大企業体制が中小企業問題を引き起こすと述べました。中小企業問題とは大企業の経営行動が取引・競争関係を通じて中小企業を圧迫する問題のことです。現在のように経済拡大が停滞しているときは、個々の大企業もその影響を受けますが、多くの場合中小企業の方が被害は大きいです。それは経済停滞と同時に、中小企業には固有の中小企業問題があるからです。中小企業問題の第1が収奪問題です。

 連載第2回で述べたように商品生産者には「販売の不確実性」という宿命があります。そのため情報発見競争が引き起こされますが、大企業、中でも高い市場集中度と高い参入障壁を築いている巨大企業には情報発見以外にも「販売の不確実性」を低下させる手段があります。それは「販売の不確実性」をもたらす市場の変化を管理しようとすることです。

価格の管理

 まず、大企業は販売を不確実にする基となる価格と需要の動きを管理しようとします。産業が少数大企業で占められると協調しやすくなり、最有力企業の価格設定に他の企業が追随し、多数企業が競争している場合より高い水準に市場価格を維持できます。利潤率も上がるためその産業に参入しようとする企業もでますが、既存大企業に伍する巨大設備投資が必要で、供給を一挙に増やすことになるので、期待利潤率は低くなります。これが障壁となって参入が阻止され、供給は増えず高い市場価格が維持されます。競争者が多数の場合は個々の企業は市場価格に関与できませんでしたが、今や市場価格は大企業の価格政策の強い影響下で決められ、生産性が上がっても価格はそれほど下がりません。

 また、大企業は購入寡占(購入企業が限られていること)の力により、部品や資材などの購入価格も引き下げることができます。大企業による下請単価の引き下げが典型です。大企業はこれにより市場価格が低下したとしても高い利潤率を維持できます。

需要の管理

 大企業は需要の動きも管理しようとします。大企業は価格では協調するので、販売促進の手段は差別化です。中小企業も場面情報に基づく差別化を行いますが、大企業は巨大な資本力による大量宣伝などで、他企業製品との差を誇張して伝え、幻想的な差別化で顧客を引き付けます。差別化は企業そのものにも及び、顧客は企業に忠誠的となり、商品選択の主体性が奪われます。経済学者のガルブレイスは、大企業は「消費者の自由裁量を企業にとって耐えうる限界内に押しとどめておく」と言いました。販売促進は大企業が設定した価格を消費者が受け入れるよう「説得」することですから、需要管理は価格管理の一環とも言えます。以上の需要管理は個人消費者を念頭におきましたが、どの生産も最終的には個人需要を満たすためのものですから、これは中間製品(部品など)の価格維持にもつながります。

収奪問題

 大企業による市場(販売)価格の引き上げ、購入価格の引き下げは、大企業と取引する中小企業にとっては「原料高・製品安」の強制です。これにより、中小企業の下に本来とどまるはずの価値が奪われる「収奪問題」が生じます。なお、収奪は仕入価格が下がっても販売価格がそれ以上に下がると発生するので、「収奪問題」は中小企業のより大きな相対価格(販売価格/仕入価格)の低下によって発生すると言えます。

 「収奪問題」は下請代金支払いの引き延ばし、親企業の収益計画達成のための「協力金」支払い要求、無償での多頻度・短納期要求、親企業の購買担当者が飲食した代金の付け回し、下請企業の設計図の無償使用など、価格関係以外を通じても発生しています。

 韓国社会に「カプチル」という言葉がある。優位な立場の「カプ」が弱者に不当な要求をすること。「サムソンに製造装置を納める際には、BOMまで提出するのが慣例だった」と韓国の半導体関連の装置メーカーの元営業担当者は声を潜めて明かした。

 BOMとは装置を構成する全部品リスト。BOMを渡した数カ月後にサムソンの子会社がそっくりの装置を開発し、その値段を示され値下げを迫られたといった証言は少なくない。

(日本経済新聞2021年2月10日付)

「中小企業家しんぶん」 2021年 4月 15日号より