「納得と共感」の経営―センスメイキング理論

 最近「センスメイキング理論」という言葉を耳にしました。経営理論やビジネスシーンで話題となっているとのこと。現在VUCA(ブーカ)時代と言われています。Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった造語です。「メイクセンス」は日本語に直訳すると「意味づけ」や「納得」という意味になります。入山章栄氏・早稲田大学大学院経営管理研究科教授が日本に持ち込んだ際に、「腹落ち」という表現を使ったことで日本国内でも話題になりました。

 では「センスメイキング」とは、どのような考え方なのでしょうか。ここ数年、コロナ禍、ウッドショック、アイアンショック、物価上昇、円安、災害など「これまで経験したことない状況」が当たり前に起こるようになっています。危機的な状況や予期せぬ状況下では、何が正解なのか最善なのかわかりません。過去の経験や教訓も通用しないことがほとんどです。そのような中で、組織や会社の方向性を示し、危機的な状況を乗り切るため、メンバーが「納得と共感」する方向性、入山氏が言うには「腹落ち」するストーリーを明確に示すことが重要とのことでした。

 「センスメイキング」に有名な逸話があります。ハンガリー軍偵察隊がアルプス山脈の雪山で猛吹雪に遭遇し遭難しました。みんなが死の恐怖でおののく中、隊員の1人のポケットから山の地図を見つけたことで場の空気が一変します。この地図があれば下山できると希望が出てきました。そこで大まかに進路を決め、猛吹雪の中で地図をもとに進んだら無事下山できたという話です。しかしその地図は、アルプス山脈の地図ではなく、ピレネー山脈の地図だったのです。地図をきっかけにメンバー全員が「納得」「腹落ち」したことで、方向性が明確になり生還できたという逸話です。つまり事象やきっかけ自体は正確かどうか最善かどうかはあまり関係なく、メンバーが方向性に納得して、一致して進めることにあるということになります。

 この「センスメイキング理論」は、同友会の「経営指針に基づく経営実践」にきわめて共通すると感じます。同友会は、1975年に「中小企業における労使関係の見解」を発表し、経営者の責任、対等な労使関係、労使の話し合いを重視し、相互の信頼を重要としながら、経営指針の成文化と実践運動を進めています。経営理念を掲げ、ビジョンを明確にし、方針・計画を策定し、経営者と社員がお互いの「納得と共感」のもと経営や仕事を進めていくことが強靭なよい会社づくりにつながると、全国で学び合っています。

 正しいか最善かどうかではなく、社員と方向性を話し合い、みんなの納得と共感のもと、全社一丸で経営を進めることは、どんな時代であっても、どんな危機的な状況でも通用するということではないでしょうか。

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「中小企業家しんぶん」 2022年 10月 15日号より