だれもが地域で暮らせる街づくり NPO法人ホップ障害者地域生活支援センター代表理事 竹田 保氏(北海道)

だれもが地域で暮らせる街づくり
筋ジスを乗り越え、自分らしい生き方を求めて
NPO法人ホップ障害者地域生活支援センター代表理事 竹田 保氏(北海道)

 自らも筋ジスという難病と闘いながら、だれもが地域で暮らせる街づくりに挑戦するNPO法人ホップ障害者地域生活支援センターの竹田保代表理事(北海道同友会会員)。昨年10月に開かれた北海道同友会「第25回全道経営者“共育”研究集会」での分科会報告より、要約して紹介します。

明日したいことは今日のうちに

 現在46歳の私の病気は、筋ジストロフィーという難病で、徐々に筋肉の力が衰え、だんだんと動けなくなる病気です。原因が不明ということもあり、正確な数字はつかめていませんが、わが国には1万人に1人いると言われています。当時、筋ジスの患者は20歳くらいまでしか生きられないと言われていました。

 国立八雲病院に入院中には、年間10人ぐらいの人が病院で亡くなっていきました。どんな人が死んでいくのか、毎日のように感じる日々。小さなころから「自分の人生もあと何年かでこうなるんだな」と意識しながら、でも周りにはそのことを気にしていないふりをして生きてきました。

 そのころから、「明日という日がこないこともある。明日やりたいことは、今日のうちにやってしまおう」と開き直って生きていくことにしました。私にとっては、長く生きることだけでなく、何をして生きていくかがいつも課題です。今も1日1日を大切に過ごそうと考えて生きています。

自分らしく

 私の将来において2つの大きな出会いがありました。1つは小学校6年生のころ、「自衛隊が違憲である」と下した長沼ナイキ訴訟の福島裁判官の信念を貫いたきっぱりとした判決。2つ目は、障害者は病院や施設以外で生活などできないといった考えが一般的だった当時、外国には障害を持っていても、1人で生活しながら、大学へ通っている人の話をして下さった田中さんとの出会いです。この出会いが、私の原点だと思っています。

 入院中せっかく取得した資格を生かす勤め先もなく、合格した公務員試験も自宅待機となり、結局22歳の時、ソフト開発のエンジニアとして、コンピュータ会社に就職しました。

 ところが、コンピュータを直しにいろいろな会社に行きましたが、障害者用のトイレなど当然ありません。10時間も腹痛に堪えながらコンピュータの前で仕事だけは終わらせようとした経験もありました。「障害を持っているからできない。トイレがない会社では仕事ができないから」という言い訳は通用しません。下痢などすれば2度と働けないものと覚悟していました。

 また、給料をもらっていても、すぐ家の向かいの店にも行けない、お腹が空いていてもカップヌードル1つ食べることさえできない。いかにお金があっても役に立たないのです。それなら自分のやりたいことができるよう、自由に生きることが何より望みでした。

だれもが地域で暮らせるために

 27歳の時に小規模作業所ホップという団体を開設しました。障害の種別に関係なく、作業所を核とした地域生活支援の取り組みや障害者を対象にしたコンピュータの講習会をきっかけに生まれた作業所です。

 現在はNPO法人を含め3つの組織を持ち、NPO法人の管理下で、1997年、(株)北海道オフィスプロダクツを、2003年には社会福祉法人HOPを設立。だれもが地域の中でごくあたり前の市民生活を送ることができるように、制度を利用しながら、地域での生活をサポートする体制づくりに努めています。

 車いすやストレッチャーを利用している障害者や高齢者の方々が、通院や買物など、手軽に外出できるような手助けをする移送サービスに取り組んでいます。また、お弁当などの製造に携わる障害者の方が約60名。いわゆる雇用ではなく、授産活動として、月額1~8万円の賃金で、働く場所を提供しています。

 365日24時間のホームヘルプ事業や、知的障害と身体障害を併せ持った重度重複障害者(児)のケア付自立ホームの運営にも取り組んでいます。

 ホームでは、喉を切開してカテーテルを入れ、痰(たん)を出したり、胃に管を入れ、流動食を摂る方の生活介助を行います。1泊1万2000円の仕事としては正直つらいのですが、泊まってケアしないと、その利用者さんは朝まで寝返りができなかったり、トイレにいけないのです。だからいつも職員たちには、私たちで介護するしかない現状では、自分たちの使命として働こうと話しています。

垣根つくらず、いろんな働き方を

 「障害を持っていても働きたい」と思っていても働ける職場は、なかなかみつかりません。経営者の皆さんには、「働くことってどんなことだろうか」考えていただきたいのです。

 ホップでは、昨年より知的障害の方にホームヘルパーの資格を取ってもらい、障害を持った子どもたちと遊んだり、寝たきりの方に本を読んだり、足をさするなどの介護補助職として働いてもらっています。

 彼女は足が痛いという方には1時間でも2時間でもさすってあげるのです。ただ、1人ではヘルパーとして働けないので、1人分の報酬を設定して、健常者のヘルパーと2人で働いています。「障害者をヘルパーで寄こすなんて、馬鹿にしているのか」とどなられ、謝って帰ることもありましたが、今ではほとんどの方に理解をいただき、喜ばれています。

 私は、働ける能力をもった障害者を雇用することが就労支援ではなく、ほんのちょっと働き方を考えることや、職場のハードルを低くすることで、働く仲間としてもっと障害者を受け入れることができると思っています。どうか垣根を作らないで下さい。

 私は障害を持った人たちが、そのことで家族や周囲に負担を感じない、生きていることを負担に感じない社会をめざしたいと思っています。

 どうか同友会の皆さんには、地域と障害者、企業と障害者の接着剤の役割をしていただけたらと思うのです。福祉のことは、いろいろな方たちの力を借りながら、行政だけでなく、「皆がどんな役割をもって、どうやって社会全体で支え合っていくのか」が重要だと思っています。

【会社概要】
設立
 1988年
社員数 61名
業種 障害者・高齢者に対する介護、移送サービス、重度重複障害者(児)の自立ホームでのヘルプサービス事業
所在地 札幌市東区北20東1-5-1
TEL 011-748-6220
URL http://www2.odn.ne.jp/~aas49970

「中小企業家しんぶん」 2007年 3月 25日号より