小さいからこそ守れる、挑戦できる 地域経済を担う中小企業家の誇りと責任

 新たな年、全国各地に地域の期待を担って新たな決意で経営に臨んでいる会員経営者の方々がいます。厳しいからこそ何とか乗り切ろうと奮闘し、逆風を追い風に変えるエネルギー。本特集では、青森、福井、愛媛、長崎から地域に根差し、地域を守ろうと奮闘する4社の実践を2~3面で紹介します。

破綻寸前の町を元気に~鰐come(青森県大鰐町)から全国へ発信

プロジェクトおおわに事業協同組合 副理事長 相馬 康穫氏(青森)

 青森県大鰐(おおわに)町は、人口1万2000人、予算規模50億円ほどの町で、スキー場は日本スキー連盟発祥の地でもあります。しかし、すでに閉鎖されたリゾート施設による約100億円の負債のため、昨年9月、財政破綻(はたん)寸前とされる「財政健全化団体」へ転落しました。

管理費ゼロで指定管理

 町の地域交流センター「鰐come(わにかむ)」(2004年設立)は、過去2年間でできた5500万円の赤字を、1年で黒字化するという任を負う上、管理費ゼロで指定管理者が募集されました。

 これに唯一応募し、6月から指定管理している「プロジェクトおおわに事業協同組合」副理事長の相馬康穫氏は、そうま屋米酒店代表(青森同友会会員)です。2007年、大鰐町を元気にしていこうと「OH!! 鰐 元気隊」を発足。小学生45名を含む約200名の会員で活動しています。

 鰐comeの指定管理の話が持ち上がった時、相馬氏は協同組合を9名で立ち上げ、理事長とは「人生を捧げるつもりで臨むべし!」と話し合いました。

 「鰐comeだけでなく、町全体が元気になるように」と、“おおわに”ブランドとして全国発信することで、コラボレーションした地元業者への利益還元も目指しています。

 売店を改装し、温泉醸造した味噌・醤油、高級食材「大鰐温泉もやし」の通年販売。シャモを品種改良した「シャモロック」も好評。山菜、産直野菜などは、道の駅の相場の半額で販売し、レストランでは地元食材を使った新メニューを次々提案しています。

仕事に“恋”して

 メインの温泉部では、「極上の癒しの空間」をめざし、エステ、整体、マッサージを導入。「おもてなし世界一のサービス業」を目指し、カリスマ店員の接客術に学ぶなど社員教育を実施しています。

 毎日の朝礼では、前日の日計表と前年対比の売り場ごとの伸び率を手元に置いて行い、売り場ごとの数値目標を確認。清掃担当には、相馬氏が「皆さんがこの施設のエース」と話し、ボイラー担当に至るまで、朝礼で情報を全員で共有するようにしています。

 相馬氏は「スタッフ42名全員が大鰐町町民。全社員が心からお客様に『ありがとうございます』の気持ちを込めて仕事をし、全社員が鰐comeに“恋”しながら働ける職場環境を構築したい」と、熱い思いを語っています。

●会社概要 設立2006年、社員数42名、所在地青森県南津軽郡大鰐町大字大鰐字川辺11―11、TEL0172―49―1126

島の雇用を守る「民宿のおかみ」に~私の第二創業

(株)宝山亭 社長 小田 美恵氏(愛媛)

 愛媛県松山港の沖合いに位置する中島(なかじま)は、瀬戸内海国立公園の中にあり、夏場はトライアスロンの島として有名です。

 宝山亭は、鈴なりになったみかん畑が周りを取り囲むように姫ケ浜沿いに建ち、2、3階からは瀬戸内海の島々も一望できます。

 (株)宝山亭社長の小田美恵氏(愛媛同友会会員)は、この景色を買い、「島のお母さんが運営する宿」をめざし、3階建て360平方メートルの民宿を営んでいます。この事業は、えひめ産業振興財団の2008年度「えひめ地域密着型ビジネス創出ファンド」対象事業となり、初期費用が一部助成されました。

 宝山亭では、旬の魚を地元漁師から買い付け、島の農産物を使い、漁師夫人たちが運営にかかわる中で、1泊2食付き5000円以下で、宿泊客に旬のおいしい料理を提供しています。思わず購入したくなる、まろやかな玉ねぎドレッシングももちろん自家製です。

新たな人生設計と 第二創業

 小田氏は料理旅館の長女として生まれ、父親から厳しいおかみ教育を受けました。しかし父親が保証人となっていた親友が事業に失敗、父親は全財産を失いました。

 結婚後間もなく長男が生まれましたが、夫が病気になり、小田氏が保険外交員、たこ焼き店など生活のためにさまざまな職業を経験。29歳で松山に帰郷し、自動車関連グッズを販売する会社、(有)愛媛企画を創業しました。

 同友会に入会して経営のあるべき姿を学び、毎年経営指針を作り続け、取引先も3000社となり、10年かけて次男に経営を引き継ぎました。

女将への挑戦

 2008年、小田氏は「宝山亭」を創業し、女将になりました。99歳で亡くなった母親の介護をしながら、「お前がお父さんの料理旅館を再建して」という言葉を胸に、父親の名を借りて民宿の名前を「宝山亭」として設立。

 「これまで支援をいただいた、その恩返しをしたい。島外から顧客を呼び込み、この島に雇用の場を創出したい」と小田氏。その思いを伝え、1年かけて地元の漁師や農家と信頼関係をつくってきました。

 利益はリフォーム代、賞与、賃料と3等分して、社員にも分かりやすくしたことで、社員のモチベーションも上がってきています。

 比較的安い値段設定のために、常連客からは「もう少し値上げをして。つぶれてしまったら心を癒やす場所がなくなってしまう」と言われるとか。口コミで愛媛県内からの宿泊客が増えてきました。

 島の重鎮に島のガイド役にもなってもらい、歴史を学ぶなかで観光資源をさらに発掘し、手ごたえを感じている小田氏。

 「群れない、気にしない、めげない」で、新たな青春を謳歌しています。

●会社概要 設立2008年、資本金100万円、社員数十名、所在地 愛媛県松山市長師 55―1、TEL089―997―1115

越前漆器の職人を守る~小さくても高付加価値体質に

(株)末広漆器製作所 社長 市橋 啓一氏(福井)

 越前漆器を製造販売する(株)末広漆器製作所の年商は約2億円で、5年間横ばいです。しかし粗利は38~39%を確保。社長である市橋啓一氏(福井同友会会員)が同友会での学びを通じて「売上よりも付加価値の高い中身の濃い体質と、問題点や課題が良く見える会社づくり」を実践してきたことが成果に結びついています。

 市橋氏が事業承継してから10年。商品や客先が大きく変化し、漆器業界の市場は半減しました。

 同社では、このことを予測し、漆器にこだわらず事業分野の多角化を目指し、5年前から始めた商品の表面をコーティング加工する分野では、桶などの木製品や陶器の表面処理、ごく最近では加賀友禅の和装織物の表面加工、建具への塗り加工など、幅広く扱うようになりました。

 また、漆器にこだわらず陶器やガラスを含めた総合的な展示場も社内につくってユーザーへのトータルな食器の提案にも取り組み、漆器の販売にもつながっています。

社員の生活基盤守り安心感ある会社に

 一昨年からは想定外の厳しい経営環境に見舞われましたが、「大きく(売上至上主義)しなくて、よかったと思っています」と市橋氏。

 同社の「本質的な存在意義」は、「当社で働く人すべての生活の基盤を守る。安心して働くことができる会社をつくる」。「そのために何ができるか、どうしていくべきか、いつも社員と確認しあっています。そこが当社のイノベーションの源泉、力になっている」と言います。

 漆器は本来高価なものですが、時代の流れのなかで価格競争も激しく、今では低廉な100円均一商品なども氾濫しており、製造は中国などにシフトし、不況も重なって産地自身が職人を切り捨て、モノづくりを放棄しているのが現実です。たとえば、漆器づくりの「生地挽き」工程の仕事ができる職人は、一番若い人で75歳という状況です。

 「当社にかかわる職人も2人辞めてしまいました。つくれる環境があってお客様に商品を売ることができる。職人をきちんと残す、育てるテーマは1企業では限界があります。企業や産地全体、行政も手を携えてモノづくりの職人を守る、育成していくことが大切」と強調する市橋氏。

 「利益の取れる仕事は楽しいですし、なにより社員もヤル気が出ます。利益をきちんと確保すれば会社に余裕も生まれ、次の展開への力にもなります」と抱負を語っていました。

●会社概要 設立1978年、資本金1500万円、社員数14名、所在地 福井県鯖江市西袋町41―3、TEL0778―65―0295

診療所」から“癒しの空間”へ~歯を削らず地域の健康を守る歯科医に

まちだ歯科クリニック 院長 町田 澄利氏(長崎)

 「できるだけ歯を削らず、抜かず、守り続ける」ことを大切にしているまちだ歯科クリニック。

 院長の町田澄利氏(長崎同友会会員)は、 夜遅く、「歯が痛いよー」と泣く幼児を連れたおじいちゃんが、閉まったままの歯医者の前で困っている様子を見て、歯医者になろうと決心したと言います。

 近年、柔らかい食べ物や糖分を多量に含む飲料が増え、歯や歯肉が弱くなる傾向があり、家庭の食生活からくる歯科疾患にかかりやすい環境になってきています。

歯を守り育てる

 町田氏は「歯を削らずに守り育てる」ことを提唱しています。歯を削ることなく健康に維持することは、全身の健康に繋がる。そのために、口腔健康維持=歯磨きの専門的な知識を持っているサポーターを、「家族のため、一緒に働く社員のために確保して欲しい」と話しています。

 町田氏は、労働現場への口腔健康維持周知普及のため、労働衛生コンサルタント資格を取り、職場環境や労働者の健康面をサポートする町田労働衛生コンサルタント事務所を立ち上げ、厚生労働省委託事業であるメンタルヘルス対策支援センターの業務調整担当促進員として活躍しています。

ネットワークで健康を守る

 訪問歯科診療では、歯の治療や入れ歯で、患者が噛(か)むことができるようになり、寝たきりから寝返りをうったり、座ることができるようになるという経験をしました。

 その経験から、口周り、さらには全身のリハビリテーションが、病人や高齢者には重要だと気づき、理学療法士や作業療法士、言語聴覚士と協力し、看護師とは口腔清掃を、栄養士とは嚥下(えんか)食を、歯科衛生士とは専門的口腔清掃と摂食・嚥下訓練などを連携し、地域の医療ネットワークづくりを進めてきました。

 1999年には、介護支援専門員の資格を取得し、在宅生活を営む要介護高齢者へ対する支援のあり方も、訪問歯科診療の中で生かしています。

通いたくなる歯医者

 歯を削るのをやめ、日々の口腔清掃と仕上げの専門的な口腔清掃の組み合わせで健康を守ろうと、町田氏の診療室の戸棚の中には患者の名前が書かれた歯ブラシがたくさん並んでいました。診療所に来ると患者に合った専用の歯ブラシで磨く練習ができ、個々の口の大きさや歯並びに合わせて、歯磨き手技の能力に合わせて、歯ブラシに捻りを入れたり、毛先を切ったりしています。

 「虫歯や歯周病になる前に来院してもらうために、くつろげる空間、癒される空間にしたい」。診療所にはキッズコーナー、血圧計、本棚など、町田氏の気遣いがあふれています。

●会社概要 開業1988年、社員数3名、所在地長崎市茂木町1590―13、TEL095―836―2552

「中小企業家しんぶん」 2010年 1月 15日号より