ここが好きで、ここに生きる~地域の未来は、学びあい・育ちあいの中に~愛媛大学教育学部 教授 山本万喜雄氏

【第2回人を生かす経営全国交流会11月18~19日IN 愛媛】【記念講演】

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 11月18~19日、第2回人を生かす経営全国交流会が愛媛県松山市で開催されました(12月5日号既報)。記念講演(1~2面)、問題提起(2面)、全体会での座長報告(3面)の概要を紹介します。詳細は来年1月中旬発行の報告集に掲載されます。

私の仕事の出発点

 私は東京で定時制高校の教員をした後、1974年から愛媛大学で働いています。定時制高校に勤めていて学んだことがあります。

 例えば夕方5時20分に学校が始まるのですが、すぐに生徒は来ません。6時くらいになるとようやく数人の生徒がやってくる、そういう学校でした。

 「早く来なさい」「遅れないで来なさい」というのはある意味簡単なことですが、そんなことはできないんですね。彼らが働いている職場に行ったらすぐに分かりました。6時に来ることもとても大変なことなんです。

 6時になってぼちぼち入ってくる生徒の姿を見て、「遅れてでもよく来たね」と言える私が40年前に生まれました。つまり「遅刻は悪いもの」と今でも言われますが、私は遅刻についての価値観を根底から変えることができたのです。

 「遅れてでもよく来たね」ということは、否定的な現象の中に肯定的なものの芽生えを見いだすことです。それができないと、青年をつかまえ損なうということを学びました。

 私の仕事の出発は、子どもの現実からの出発でした。どんなに否定的な現象がそこにあろうとも、その中にどのように希望を見いだすことができるのか、それができなければ仕事にならないわけです。

皮膚感覚を大切に

 私は母を見送った経験がありますが、母が入院していたとき、その手を取って話をしていました。もう寿命が尽きることが分かっていましたから、母の手を取り「長いことありがとうね。またそのうちにね」と伝えたことがあります。さよならの挨拶ができたということは幸いでした。

 そういう挨拶をしたとき、母は酸素吸入を付けていましたので、母に私の言葉が届いたかどうかは言葉では分かりませんでした。ただ母は、弱い力でしたがそうっと握り返してくれました。握り返したということは、今の言葉が届いたということですよね。

 皮膚感覚によるコミュニケーションというのは、これからずっと一生続くものです。もっと私たちの皮膚感覚を大事にしなくちゃいけない、そう思いました。

「授業通信」を実践して

 私は愛媛大学に勤めてから36年、ずっと「授業通信」を続けてきました。これは学生から提出された授業の感想文を1枚のプリントにまとめたものです。この授業は、大学で一番広い280の座席があるグリーンホールで行いますが、毎年500人が受講希望してきます。

 最近の若者は「表現しない」と簡単に言われることがありますが、人はちゃんと伝えたいことがあって、聞いてくれる人がいれば表現します。

 個々の感想文は綴(と)じて本人に返します。これは自分の成長の記録になります。自分がその時間、一体何を考えたのか感じたのか、1回1回の感想のまとめで出てきます。自分の歩みは自分の感想で分かる、仲間の同じ授業を受けた感想はこの授業通信で分かるようになっています。

人間理解を深める 「対話と人間」の授業

 「対話と人間」という授業は、自己との対話、仲間との対話、そして社会との対話を通して人間を理解するというねらいを持った授業ですが、学生たちは本当にどんどん変わります。

 ですからある断面を取って、「今の若者は」と否定的なことだけを言うのではなく、そういう現状が働きかけによってどう変わっていくか、ここも見てもらわなければならないということなのです。

 私はこのほかに専門の授業を持っていて、そこでは未来の教師を育てています。否定的な現実も伝えながら、でもそういう大変な中でやっぱり教師になりたいと思う学生たちをどう育てていくのか、そういうことに全力を挙げているところです。

養護学校の校長として

 私は愛媛大学教育学部附属養護学校校長を4年間務めました。そこは小中高の学校ですが、知的障害の子どもたちが合わせて60名という小さな学校です。校長に内定して最初にやったことは、スクールバスに乗せてもらったことです。バスに乗った途端、1人の子どもが座席に頭をぶつけはじめました。その頭をぶつけ続ける子が「ジャム!」と叫んだのです。私にはなんのことかさっぱり分かりませんでした。でも10年ずっとバスに乗っているスタッフは、パッと答えたんです。「ああ、今日はごはんを食べてきたの」と。

 実は送り迎えの時に、親と一言ずつ言葉を交わしているのですが、この子は少し太り気味で、それを抑制するために甘さを控えているんですね。それでその日はジャムを食べさせないで、ごはんを食べさせたとのことでした。それで頭をぶつけながら「ジャム!」と叫んだのでした。

 ああ、そういう一言を聞いて子どもたちのくらしが分からなければ、この学校には勤められないと思ったものです。

子ごころ 5つの世界

 学校の主人公は子どもたちであるというのは間違いのないところでありますが、子どもの捉え方について、短くまとめてみました。

(1) 選びながら成長する―これは自己決定です。食べない子がいたら「どっちにするの?」と子どもに選ばせます。
(2) 能動性を持っている―受け身のように見えますが、能動的な意欲ある存在と思って対応したほうがいいです。
(3) 自信家で負けず嫌い―子どもが持っている自尊感情を大事にしましょう。
(4) 目的意識を持っている―今を明日に関わらせて生きています。ですから目当てを大事にしましょう。
(5) 個性的な存在―個別性の原理があります。一人ひとりみんな違います。

地域の未来は、学びあい・育ちあいの中で

 私はずっと同友会運動と関わってきて、本当に地域に根ざしたお仕事をされている、丁寧な誠実なお仕事をされている、そういう方にお会いできたことを本当にうれしく思います。今日このような時間を持てたことに感謝したいと思います。

「中小企業家しんぶん」 2010年 12月 15日号より