今こそ労使見解の精神に学び、人を生かす経営の実践を推し進めよう【2011全国共同求人交流会 基調講演】

中同協相談役幹事 赤石 義博氏(あかいし脳神経外科クリニック会長)

 2011年12月8~9日に開催された「2011全国共同求人交流会」(2011年12月25日号既報)での赤石義博・中同協相談役による基調講演要旨を紹介します。

「労使見解」の誕生

 私は1962年に東京同友会に入会し、労働委員会に所属しました。当時、頻発する労使紛争をどう乗り越えていくのかということは、中小企業にとって重大な課題でした。連日のように徹夜に近い団体交渉が行われる中、精神的におかしくなって行方不明になった労働委員の仲間もいました。明日からストライキになるという前夜に心筋梗塞で亡くなった仲間もいました。

 1975年に発表された「中小企業における労使関係の見解―中同協」(以下「労使見解」、『人を生かす経営』所収)の作成は、そのような労組との激しい闘いをどう克服していくかということからスタートしました。

 1962年10月、熱海で同友会の第3回全国活動者会議が開かれ、私が参加した「労資問題」分科会では、ほぼ徹夜に近い討議が行われました。当時は、「人を1人でも雇えば資本家だから、社長の言うことは聞くな」というキャンペーンを総評が徹底的に行っていました。分科会の討議の中では、「われわれは確かに資本家ではあるが、中小企業の資本は規模を考えると全く異質のものではないか。むしろ被使用者と使用者という社会関係に重点を置いて問題の解決を考えていこう」と話し合われました。そしてそれまで「労資」という言葉を使っていたのを「労使」に改めるという意思統一を行いました。

 1975年1月に「労使見解」が発表されましたが、この論議が始まってからでも発表までに13年かかったことになります。それは、労働委員会で論議しながら、それを自社で実践するということを繰り返していたからです。

 最初は労組との関係をどう乗り越えていくかということで始まってきたものが、文書化する中で、「労使が人間らしく生き合える企業づくり、職場づくりをめざす。そうなって初めて社員は自主的自発的に動き出し、学び出す」ということが確認されていったのです。そして「労使見解」の文書ができたのです。

「真実でない常識」を壊す

 明治維新以降の日本の歩みは、地方の人たちが暮らしを成り立たせるために、首都圏や阪神の大工業地帯に引っ越しをする、民族移動の歴史でした。一昨年、中小企業憲章が閣議決定されましたが、その目的は、暮らしが成り立たないために、ふるさとから離れざるを得ない人をなくすこと。逆に言えば、地域で仕事づくりをするということだと言えます。

 先日、ある会員の方から、大学で学生を相手に講演をすることになったので、ポイントを教えてほしいとの相談がありました。私は「おそらく学生、そしてその家族や、あるいは学校の先生が持っているだろう錯覚、真実でない常識を壊すことだ」と答えました。

 まわりを見れば、80%の人は中小企業で働き、暮らしを成り立たせています。しかし、大学を出て就職する時は、多くの人は大企業への就職を考えるのです。中小企業は全く対象になっていません。それを壊すことから始めてはどうか、とアドバイスしました。

 大震災に直面して、地域の暮らしは何で成り立っているのか。復興は何から始まったら早いのか。わかってきた方も多いと思いますが、まだまだ「真実でない常識」が根強いのです。

三位一体の取り組みを

 最近、同友会では「三位一体」ということが特に強く言われています。これは、「労使見解」の精神に基づいて、経営指針をつくる。経営指針に基づいて共同求人に取り組む。新入社員が入社したら、社員教育も一生懸命行い、共に育っていく。つまり、これらの全部がワンセットであることが望ましいということです。

 共同求人活動は、1973年に北海道同友会でスタートした活動ですが、北海道同友会の専務理事などを務め、長年活躍された大久保尚孝さんは、「共同求人と社員教育とは、壮大な社会教育運動である」とおっしゃっていました。私は当時、「なるほど」と思っていたのですが、当初は家庭教育や学校教育、そしてその延長としての社会教育という意味で理解していました。

本当の全社一丸体制とは

 先述のように労使見解は、労使が共に人間らしく生き合えるような職場をつくりあげるという考え方です。そこまでいった時に、本当の意味で「全社一丸体制」ができるのですが、最近感じるのは、「社長のための全社一丸体制」を目ざしていて、その間違いに気づいていない方も少なくないのではないかということです。

 労使が人間らしく育ち合える職場づくり。人間らしく生きるということを、より質の高いものへと求めていける。そういうことで労使が合意した時に、最も強力な力が発揮されます。そういうところまでいっていると、当然ながら社員にとっても、人間らしい人生を全うするための職場であるためには、繁栄し、継続するものでなければなりません。新しい製品をつくることを考えたり、より多くの人から注文が来るにはどうしたらいいかを考えます。

 そうなると、『企業変革支援プログラム・ステップ1』の第4カテゴリー(市場・顧客及び自社の理解と対応状況)や第5カテゴリー(付加価値を高める)の分野が強くなるのは当然です。ところが全国の統計では、そこが弱いという結果が出てきているのです。

 これはなぜなのか。私は全国の同友会をまわっているうちにわかってきました。「社員が人間らしく生きるということの質をどう高めるか」というところで意思統一されていて全社一丸体制になっているのではなくて、「社長のための全社一丸」になっているのです。

 ある同友会の経営指針発表会に参加した時、経営理念の中に「社員の人格をどう高めていくか」が盛り込まれていたのは、30社中、たった1社だけでした。経営方針の中に「人間らしく育つ」ということが盛り込まれ、そのための予算や社内の場づくりまで経営計画に明記していたのは1社だけでした。このようなことを見ると、口では「人間尊重」と言っていますが、それは嘘だと思わざるを得ないのです。

 「労使見解」の精神に基づき、経営指針を確立して、社員と共に人間らしく生きるということを質的にどう高めていくか。そこで一致して初めて、社員も「給料泥棒みたいにしていてはいけない」となるのです。そこまでいっていればこそ、『企業変革支援プログラム・ステップ1』の第4・第5カテゴリーの分野が強くなるのです。

幸福な社会づくりの運動として

 北海道同友会が共同求人活動を始めた頃は、学校に行っても全く相手にされなかったそうです。その頃、一般的に中小企業はどのように見られていたのでしょうか。例えば、1957年の『経済白書』では、「中小企業とは低生産性と低賃金の矛盾に陥っている問題ある存在」と書かれていました。1969年に中同協を設立する時には、「中小企業無用論に反論する」という1項目を総会議案書に追加せざるを得ない状況でした。

 北海道同友会の皆さんは、中小企業といってもすぐにつぶれるような存在ではないということを説明するのに一番時間がかかったそうです。そういう時代を経ているのです。中小企業憲章が閣議決定されるまでにいたったのも、われわれが「中小企業はそういう存在ではない」と、ずっと一生懸命言い、かつ事実で証明しようと努力を続けてきたことがあったからだと私は考えています。

 さきほど「社会教育運動」ということをお話しましたが、そのもう1つの側面は、「労使見解」の精神をしっかりとつかんで、社員と共に人間らしく生き、人間らしく暮らす。企業はそのための足場であるという取り組みをして、そのような経営理念・経営指針を社会にどんどん発信していく。そのことによって社会を教育する壮大な運動であるということです。つまり、言わば「幸福社会建設運動」という側面があるのです。

 共同求人を軸にしながら、社員教育、「労使見解」の精神を踏まえた経営指針が三位一体となった取り組みをするということは、そのような壮大な運動を担っているということであり、大きな「めあて」につながっている運動であるということを認識して、取り組んでいただければと思います。

「中小企業家しんぶん」 2012年 2月 5日号より