NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏
「中小企業を考える」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。第9回目は「市場問題」についてのレポートです。
前2回では、大企業の経営行動が取引・競争関係を通じて中小企業を圧迫する問題(中小企業問題)として収奪問題、経営資源問題を取り上げました。今回は大企業の経営行動が中小企業の市場を縮小する市場問題について述べます。
大企業の市場多角化への強い動機
大企業は既存市場での設備投資には慎重です。市場が少数の大企業で占められていると1社の設備投資による供給増加が、ほかの大企業のシェアの減少に直ちに結びつくため、激しい価格競争に陥る危険があるからです。
そのため大企業は利潤拡大のためにはまだ大企業が存在しない他分野へ進出する強い動機を持ちます。これは同時に商品生産者の宿命である「販売の不確実性」を低下させる手段でもあります。事業が1市場分野に限られるならば、本連載第7回で述べたように価格・需要を管理しても、製品ライフサイクルやその製品特有の景気循環の影響を脱することはできません。だが、市場を多角化すれば、各市場の販売変動は相殺され、「販売の不確実性」は低下するからです。
製品多角化
市場多角化には製品多角化と地理的多角化があります。
大企業は製品多角化の一環として、大企業が存在していない中小企業分野へ進出し、大量生産による低価格で中小企業から市場を奪うことがあります。特に、経済が停滞しているときは、例えば以前は100億円以上の市場にしか関心のなかった大企業が10億円程度の中小企業の市場に入り込んで来るというようなことが見られます。このため、法律によって大企業の中小企業市場への無制限の進出を防ぐ政策がとられたこともありました。大企業が需要減少に見舞われた際、中小企業への外注比率を引き下げる内製化も、中小企業市場への進出の1種と見ることもできます。
また、競争相手のいない全くの新産業部門にいち早く進出し、市場を独占しようと大規模投資を行うこともあります。それとともに新産業の上流や下流に中小企業向けの市場を創り出しますが、新産業と交代するように衰退する旧産業に関連する中小企業の市場は縮小します。
地理的多角化
地理的多角化も国内での大企業間の価格競争を避け、拡大する海外市場への進出で利潤の獲得と「販売の不確実性」を低める手段となります。海外進出は輸出市場への進出から始まり、輸入代替政策をとる発展途上国政府や自国大企業を守ろうとする先進国政府の輸入制限措置と衝突すると、海外直接進出へ移ります。
大企業の輸出増加により為替レートが上昇すると輸出中小企業の国際競争力が低下し、低賃金を武器とする発展途上国製品に海外市場を奪われ、さらに国内市場にまで進出を許すことになります。日本では1970年代以降に繊維産業や雑貨産業でこの動きが進みました。
地理的多角化が海外直接進出へ進むと、初期には大企業が海外で使用する部品市場が中小企業向けに拡大します。だが、部品企業の現地進出やローカル企業の発展で部品の現地調達が進むと国内に向けられていた発注が海外へ流出し、さらに国内生産にも海外から部品が輸入され、国内中小企業の市場は縮小します。これは1990年代以降、大企業の「生産の東アジア化」によって大規模に起きました。
もちろん、中小企業は市場縮小を座して見ているわけではなく、それに対抗すべく新市場開拓や事業転換の努力をしますが、前回述べた経営資源問題(資金や人材の不足)がその足を引っ張ります。
以上のように大企業の行動により、中小企業の市場が縮小するのが市場問題です。収奪問題が中小企業の生産した価値を奪い、経営資源問題が価値生産能力を奪うのに対し、生産する商品の価値の実現機会を奪うものと言えます。
「中小企業家しんぶん」 2021年 6月 5日号より