【黒瀬直宏が迫る 中小企業を働きがいのある職場に】モノづくり技術と「社会技術」を磨く(前編) (株)高瀬金型 代表取締役 高瀬 喜照氏(愛知)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、(株)高瀬金型(高瀬喜照代表取締役、愛知同友会会員)の取り組み(前編)を紹介します。

新型コロナ禍中も売上絶好調

 (株)高瀬金型(代表取締役高瀬喜照氏、愛知県稲沢市、従業員130人)は、プラスチック部品用金型製造、プラスチック部品の射出成形・アッセンブリを行っています(売上の9割が部品製造)。驚かされるのは新型コロナ禍中も売上が大幅に伸びていることです。年商は2020年14億7000万円、21年16億500万円、22年18億5000万円、20~22年の年平均売上伸び率は11・9%に達しています。

秘密は金型製造とプラスチック成形の統合

 その秘密は当社が金型製造とプラスチック成形のプロセスを統合していることです。金型製作と射出成形が分離している場合に比べ、調整コストが大幅に削減されます。例えば、真円の製品を狙って成形したが、3次元測定機で測ると歪んでいる。その情報が直ちに正確に共有され、金型の補正にとりかかれます。このため、普通では真円にするため精度の出る切削で行うところを成形で行えるため、コストを10分の1に減らすことができます。

 とはいえ、金型製作・射出成形の統合は両プロセス間の密度の濃い「報連相」が必要な、面倒な仕事なため、維持できずに撤退してしまう企業が多いのです。金型製造も射出成形も東アジアに生産が移りましたが、同社が日本にいて売上を伸ばしているのは、このような技術的唯一性のため発注が引き寄せられるからです。

モノづくりの哲学

 技術追求の原動力になっているのが、同社の経営理念の一つ、技術で社会を支えるという哲学です。役立ち合いながら生きている人間の社会では、モノづくりの技術は人々の生活のためにあります。例えば、同社で製造している人工透析器のバルブ部品を製造する技術は、人の命を支えるために存在します。しかし、ちょっとした加工ミスが原因で水漏れをおこします。そのため高瀬社長は、儲けを無視するわけではないが、「ちゃんとしたもの」を作ることにものすごくこだわっていると言います。「こだわっている」という言葉からは、「ちゃんとしたもの」を作れないことは、道徳に反するという思いが伝わってきます。人柄のよい作業者であっても、「ちゃんとしたもの」を作れない人は社会的人間としては善き人ではありません。技術力があってこそ道徳的に生きれるのです。しかし、善き人になるのは決して強制ではありません。バルブ部品の目的を理解している作業者は「ちゃんとしたもの」を作ることにより道徳を満たす自分に満足し、仕事にやりがいを感じるはずです。こういうモノづくり哲学が当社の技術を根幹で支えています。

経営理念

 (1)私達は、技術力と共存共栄の精神で、豊かで明るい社会を支える企業を目指します。
 (2)私達は、互いが協力して個々の能力を100%生かし、もの作り文化を支える企業を目指します。

 この2カ条が経営理念です。(1)は上記モノづくりの哲学として述べたことです。(2)は、人は各自が持つかけがえのない能力を役立て合いながら生きていく存在だという人間観に立っています。社員が協業を通じて能力を開花させ、働きがいを享受してほしいという思いも込められています。

 高瀬社長は同友会に入会して3年、同友会理念もあまりわかっていないころに、地区例会で経営理念を書くことになりました。経営理念の成文化に苦労する人も多い中、この2つがすっと書けたと言います。同友会に入る前からこのような考えがあったからです。

 鍛造工場を経営していた父親は儲からなくても誠実に仕事をする人で、母親も客に腹いっぱい食べてもらいたいというような義理堅い人でした。高瀬社長はその影響で、自分はどのような生き方をすればよいかを子どものころから考えている人でした。そして、創業前、他社で修業し、いろいろ苦労したことを通じ、モノづくりや人生において大事にしたい価値観が形成されていきました。高瀬社長の経営者人生は、このモノづくり観、人間観を企業という場でいかに実現していくかの歩みとなります。しかし、それは必ずしも順調ではありませんでした。

(後編につづく)

会社概要

設立:1982年
資本金:1,000万円
従業員数:130名
事業内容:プラスチック部品用金型設計・製造、プラスチック部品の射出成形製造、プラスチック部品のアッセンブリ

「中小企業家しんぶん」 2022年 12月 5日号より