連載「わが社のSDGs」では、経営理念をもとにSDGsに取り組む企業の事例を紹介します。第19回は、（株）谷口印刷（糸川和浩代表取締役社長、島根同友会会員）の取り組みです。
（株）谷口印刷は「女性が活躍できる会社をつくる」という創業者の熱い思いのもと、1958年に谷口タイプ室として創業。当時はタイピストを職業とする女性が多く、和英タイプの養成所を併設して立ち上げられました。その後、印刷物を受注し始め、現在は印刷業だけでなく出版業も営んでいます。
環境配慮型サービス・製品の提供
同社は2023年4月にSDGs宣言をしました。まずは自社ができることや取り組むべきことの整理から始め、印刷に使用する溶剤の見直しや照明器具のLED化など、社内の環境意識も高めながら進めています。多くの紙媒体を扱いますが、仕入れ先には植林活動など循環型の活動を行う製紙メーカーを選び、リサイクル用紙や非木材紙（竹や植物由来など）も活用。宍道湖（しんじこ）で刈り取ったヨシ（別名：葦）から作られた紙で印刷物を作成するなど、地元の湖の水質改善にも貢献しています。
また、国内には保水能力の低い古木が増えており、CO2の吸収量が減少しているだけでなく、洪水などの災害につながるリスクが高くなっていると言います。そうした中、島根県と地元新聞社が主催する森林保全活動に社員とその家族と共に参加し、荒れ地となった山の整備や植林活動などを行っています。さらに、子ども食堂の運営や経済的困難を抱える家庭に食料を提供しているNPO法人の活動に、社員に声をかけながら寄付という形で参画。兼業農家でもある糸川氏は自身が栽培したお米を寄付することもあり、地元学生との米作りや農業体験の場づくりに向けた準備も始めています。
経営理念の確立
糸川氏の同友会入会は2016年。きっかけは、島根同友会の合同入社式の様子をテレビで観たことでした。新入社員が1名から2名の同社には本格的な入社式がなく、「入学式や成人式など節目ごとにきちんと式があるのに、就職した会社にそれがないのは寂しいと思っていた」と振り返ります。同友会がどんな会なのか分からないまま合同入社式への参加を目的に入会しますが、参加した新入社員は3カ月ほどで退職してしまいました。この経験から、社員に経営者の思いを伝えるために経営理念の成文化が必要だと気づきます。そして、経営指針成文化セミナーに参加し、社内で幹部社員に伝えましたが、社員の反応は「うちの会社の考え方と違うと思う」というものでした。
糸川氏の作成した経営理念は社内で受け入れられず、しばらく机の中にしまわれたままの状態が続きましたが、転機となったのは2020年です。新型コロナの感染拡大は同社に大きな影響を与えました。業績改善の手だてを打つため、社員に声をかけながら再度経営指針書の作成と成文化に取りかかり、「ふるさと、地域の発展に寄与し、豊かな未来を創出します」という経営理念が完成しました。
教育への貢献、地元人材の活用
同社の営業社員は、印刷の営業だけでなく出版の企画・編集も担当しています。営業先でさまざまな人や企業と交流することで多様なよい企画づくりにつながるだけでなく、企画・編集は学生人気が高いため新卒採用も順調に推移していると言います。
大学からの要請をきっかけにインターンシップにも取り組んでおり、カリキュラムは社員が作成。学生には1冊の本づくりの企画に挑戦してもらいます。社員数の半分に当たる11名の学生を1度に受け入れたこともあり、面白い会社が地元にあることや、仕事とは何かを若者に伝える機会にもなっています。
また、地域の人々に企業が仕事内容を紹介する島根同友会主催の「しまねおしごとマルシェ」をはじめ、自社ブースを出展する機会にはなるべく参加しています。「いろいろなところに顔を出すことで、学生だけでなく他社や他団体から見られるきっかけにもなり、そうした活動がいずれ採用につながる」と話します。
社員との対話を大切に
コロナ禍をきっかけに在宅勤務を可能にし、現在テレワークで勤務している社員は仕事と介護が両立できています。また、時差出勤や短時間勤務も取り入れて、子育て世代の社員も働きやすい環境を整備。これらの取り組みを通して、県が推奨する「しまねいきいき職場宣言」や「心理的安全な職場づくり宣言」もしています。
現在、ペーパーレス化の加速による紙の需要減少と同時に、高性能プリンターなどの普及による印刷物の内製化も進み、90年代のピーク時と比較して印刷業界全体が下降傾向にあります。そうした中、「紙は段ボールやトイレットペーパーなどに再利用されるリサイクル率の最も高い製品。これからも必ず必要とされる媒体」と力強く話す糸川氏。地域と業界の持続可能な発展に向けた取り組みは、始まったばかりです。
会社概要
設立：1958年
社員数：22名
事業内容：印刷業、出版業
URL：https://www.tprint.co.jp/
「中小企業家しんぶん」 2024年 10月 25日号より
