【あっこんな会社あったんだ】経営指針の実践 
経営指針で築く100年企業への道 
(株)三井酢店 取締役 三井 哲司氏(愛知)

 企画「あっ!こんな会社あったんだ」では、企業経営に関わるさまざまな専門課題に取り組む企業事例を紹介しています。今回は「経営指針の実践」をテーマに、三井哲司氏((株)三井酢店取締役、愛知同友会会員)の実践を紹介します。

 (株)三井酢店は昨年創立90周年を迎えた酢・調味料メーカーです。酢の業界では大手5社が約9割のシェアを占める中、中小のメーカーは年々減少しており、現在、愛知県内で大手を除く酢メーカーは三井酢店のみとなっています。同社の強みは、静置発酵という伝統的な醸造法を守り続けていること。この製法では、木桶の発酵槽に酢もろみと種酢を仕込み、表面に創業時から生き続けている酢酸菌膜を浮かべて発酵を行います。温度調整にはわら製のむしろを使用し、発酵後の酢は数カ月熟成させます。熟成中も毎日朝晩に酢の状態を確認するなど、手間を惜しまない伝統製法が独自の風味を生み出し、三井酢店のブランドを支えています。

秋冬の空白を埋め、雇用できる会社に

 小学校の文集に「将来はお酢屋さんになる」と書いていた三井氏。しかし、大学卒業後は「うちの会社に入っても将来が描けない」と感じ、大手食品メーカーに就職しました。ところが約10年後、三井酢店が移転することになり、金融機関から「息子が戻るなら融資する」と提案されたことをきっかけに、家業を継ぐ決意をしました。

 当時の課題は、秋冬に仕事をつくることでした。酢は春夏につくる商品なので秋冬に仕事がなくなる状況が続いていたのです。そこで、三井氏は秋冬に需要が高いポン酢や鍋用のタレなどの調味酢製造を開始。これにより通年で仕事ができるようになり、安定した社員の雇用ができるようになりました。

経営指針を机の中から現場へ

 同友会に入会したのは2000年。得意先の社長から勧められて入会し、早速A4用紙1枚の経営指針をつくりましたが、そのまま机の引き出しにしまい込んでしまいました。転機が訪れたのは、三井氏が支部長として理事に就任したときです。愛知同友会では新任の理事は理事会で経営指針を発表することになっており、三井氏が発表したところ、後日事務局から「加藤さん(エイベックス(株)代表取締役会長/中同協副会長、当時は愛知同友会代表理事)が三井さんのことをほめていたよ」と伝えられたのです。「加藤さんにほめてもらったという自信がついて、社員と一緒に活用しようと決めた」と三井氏は振り返ります。

 翌年から、毎年経営指針発表会を開催。最初は三井氏が中心となって経営指針を作成していましたが、5年ほど前からは、三井氏が示す基本方針に沿って各部門長とリーダーが1日かけて各部門方針をつくる方式へ移行しました。

理念に基づく採用と社員教育

 採用に関しては、当初は人手不足を補うためにハローワークを利用した中途採用を行っていました。しかし、同友会で「理念に基づいて採用した社員が全体の半分を超えると会社が急激に変わる」との言葉を聞き、新卒採用を開始。それ以来中途採用は行わず、大卒の採用に加え、商業高校や農業高校に毎年求人を出すことで、継続して新卒を確保しています。社員数は、三井氏が入社した当時の7名から現在は80名に増加。平均年齢は30歳となり、定着率も高く、活力ある組織になりました。

 また、社員教育では、経営計画書を顧問社労士に渡し、その方に全階層の社員研修を担当してもらっています。これにより、社員が一貫した価値観を共有することができています。

今後の展望

 2026年には、三井氏の息子が後継者として入社する予定であり、100周年を迎える34年に世代交代を視野に入れています。10年前から新卒採用を始めた背景には、次世代の「右腕」を育てる狙いもありました。

 また、ホールディングス化を進め、意欲のある社員が社長として活躍できるような未来を描いています。「M&Aによる拡大ではなく、自社の力で売り上げを伸ばすために、1人1人が考え行動できるような会社をめざしている」と語る三井氏。そのために、中長期計画を社員に明確に示しています。

 100周年を通過点にさらなる成長をめざす三井酢店の挑戦はこれからも続きます。

会社概要

創業:1934年
社員数:80名
事業内容:醸造酢・各種調味料の製造販売
URL:https://www.321su.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2025年 1月 15日号より