一人相撲の経営指針から脱皮 (株)アート不動産社長 櫻井 澄男氏(岩手)

一人相撲の経営指針から脱皮
全社員がかかわることで社風も変化
(株)アート不動産社長 櫻井 澄男氏(岩手)

空回りする熱い思い

 1991年、岩手同友会の設立に加わった櫻井氏は、94年に宮城同友会の研究集会や経営指針発表会に仲間と共に参加しました。岩手に帰り、7、8人が集まり、見よう見まねで、1泊で経営指針づくりに挑戦しました。しかし、その2日間では、櫻井氏は経営指針をつくることができませんでした。

 翌年、いくつかの会社の経営指針をマネて自社のものをつくり、1泊の社内研修会で発表しました。「社長としての熱い思いを込めて発表したのだから、これで会社は良くなる」という櫻井氏の期待。それとは裏腹に、依然としてシラッとした雰囲気の朝礼。3月、4月の忙しい時期を過ぎると、毎年のように退職者の出る状況が続いていました。退職希望者からの「社長相談があります」という言葉が、いつも最初で最後の社員とのコミュニケーションでした。

社長の一方的な話

 なぜこんなに一生懸命やっているのに思いが伝わらないのか、なぜ上滑りしてしまうのか、櫻井氏は悩みました。

 一方、同友会の全国行事で、苦労して乗り越えてきた経験をたくさん聞いていた櫻井氏は、逃げては解決しないということを学んでいました。

 辞めていく社員からは、本当の意味での信頼関係ができていなかったことを教えられていましたが、社員の本音を聞くのが怖くて、いつも一方的に話していたのです。

面談でかみ合い始める

 経営指針をつくり始めて4年目の宿泊研修で、櫻井氏はそれまでの一方通行を反省して宣言しました。「私たち(社長と奥さん)の会社から、もっと皆さんの力を借りて、われわれの会社にしたい」。

 社員との面談を始めてからは、さらに歯車がかみ合い始めました。8年前に経営理念をつくり直した時には、1日かけて社長の思いを話し、それを社員がまとめました。翌年からは、櫻井氏が提示するのは経営方針だけにして、部門ごとの方針と計画は各担当が練るようにしました。

 現在は5月の決算をはさんで、4月にリーダーの宿泊研修で部門ごとの方針作成、5月に全員の宿泊研修を行い、6月に全体の経営指針を発表するという流れができています。

社風が変わった

 経営指針作成に全社員がかかわるようになったことは大きな変化ですが、社員がよく発言するようになり、チームワークが良くなったことで社内の雰囲気が変わり、プライベートなことも含めて理解しあえるようになりました。昨年、社内結婚が2組生まれたり、結婚・出産で退社した社員が再びパートで勤務を始めていることなどにも、社風の変化が現れています。

 雰囲気の良さは多くの社員が指摘します。

 「こんなにおもしろい会社はない。銀行時代いろいろな会社を見てきたが、若い人がこんなにいきいき働いている会社はなかった」(71歳の元銀行マンの社員)。「陰口がなく、いじめがない会社なので、気持ちよく働ける」(パート社員)。

育ってきた仕事への誇り

 櫻井氏自身はこう語ります。

 「経営理念は、社員が日常の仕事の中で生かし、検証していかなければ意味がありません。私が一方的に語っている間は、社員の納得は得られなかったのです。経営指針は、自分が中心になってつくらなければという気負いが消えてから、社員の力を引き出せるようになりました。不動産業は優しい社員でなければ勤まりません。『蟻が出たから何とかしてほしい』『空き地で子どもが遊んでいてうるさい』など、あらゆる問題が持ち込まれます。自立して判断できる対応力が社員には求められます。そうした仕事への誇りが、社員の中に育っていることを実感できるようになりました」。

    【経営理念】
わが社は快適な住まいの提案とお客様に感動されるサービスを通して住む街の繁栄と幸せに貢献し地域社会との共生と社員の物心両面の幸せの実現を目指します。

【会社概要】
創業
 1984年
資本金 1000万円
年商 5億円
社員数 35名
業種 不動産業
所在地 盛岡市仙北1-15-51
TEL 019-634-0440
URL http://www.art-f.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2006年 7月 15日号より