空洞化乗り越え、日本のもの作り技術を世界に 蔵前産業(株) 社長 橋本 勝氏(群馬)

空洞化乗り越え、日本のもの作り技術を世界に
折り紙ポットから国際宇宙ステーションまで開発型企業の挑戦
蔵前産業(株) 社長 橋本 勝氏(群馬)

機械システム異常診断機で新連携認定

 今年2月、蔵前産業(株)(橋本勝社長、群馬同友会会員)が前橋工科大学や群馬産業技術センターなどと開発した「機械システム異常診断機」が新連携の認定を受けました。切削加工中に検出できる振動信号を解析することで、工具の摩耗や異常などをリアルタイムで診断できるものです。

 同社では高価な材料に精密加工を行う航空部品などの製造を手がけていますが、マシニングセンターという密閉空間の中で高速回転する工具の異常の発見が少しでも遅れれば、あっという間に「おシャカの山」。そこで一刻も早く異常を発見したいと、開発が始まりました。

 同様の悩みを持つ世界中のメーカーにとってこの診断機への需要は大きいと見込んでおり、まだ試作段階ですが、大手メーカーから自社の機械に組み込みたいなどの引き合いが来ているといいます。

 「1985年に群馬県・御巣鷹山で日航機が墜落したとき、ボイスレコーダーには、どこが故障したのか発見できずに迷走を続ける緊迫したやりとりが録音されていた。今回開発した技術が、航行中の飛行機の異常をリアルタイムで発見するにも役立つのではないか」「さまざまな可能性を秘めたこの技術を大きく育てていきたい」と話す橋本社長です。

ネットワークで開発型企業へ

 橋本氏は32年前、設立間もない群馬同友会に入会。まだ「異業種交流」という言葉のない時代から、東京や京都の会員と一緒に技術開発・交流の活動に参加してきました。同社が空洞化をくぐり抜け、いまがあるのも、ネットワークを大事にしてきたから、といいます。

 日本とアメリカで特許をとった(アメリカでは製法特許のほか、理論特許も取得)「折り紙ポット」の開発も、そのネットワークの中での何気ない会話から始まったものでした。

金型の空洞化から折り紙ポット開発へ

 バブル崩壊後、本格的な空洞化が始まり、家電製品のプレス金型が海外へ流出していきました。そのころ、環境問題への対応から、プラスチックや発泡スチロールのトレーや容器に代えて、紙容器が注目を集めていました。しかし、プラスチックなどと違って、1枚の紙から立体加工していく深絞りが難しく、「紙を深絞りできる金型はないか」との話がでてきました。環境問題に貢献したいと考える橋本氏は、すぐに「環境にやさしい紙容器」のプレス金型の開発に着手します。

 94年から他社と組んで紙容器成型金型の開発に取り組み、2002年には国産機初の深絞り紙トレー成型器の開発に成功。さらに深い紙容器の成型に挑戦したのが、「折り紙ポット」の開発でした。

 これは日本の折り紙に数学的解析を加えて開発したもので、1枚の展開図から一体成型される底の深い円筒状の紙容器のこと。3次元にねじれを加えた4次元成型により、深さ10センチを超える紙容器が1枚の紙から成型できるのです。

 この開発でも、1999年に中小企業創造活動促進法の認定を受けたり、新規成長産業連携支援事業に基づく「コーディネート活動支援事業」の対象となり、前橋工科大学や群馬県工業試験場、折り紙作家、そして複数の企業との研究体制を構築してきました。

 アメリカで理論特許をとるなど、おもしろいことに挑戦する企業として注目を集め、「こんなことはできないか」など、市場創造につながっています。

航空・宇宙産業で若者の夢が育つ企業へ

 2002年、蔵前産業の主力生産品であった医用機器部品の納入先メーカーが、蔵前産業の技術ごと中国へ生産拠点を移転。「まさか」の分野で空洞化の直撃を受け、売上高が23%も落ち込む危機に見舞われました。

 しかし、蔵前産業では1人も整理解雇者を出さず、昇給ストップや役員報酬のカットなどを行いながら、「若い人が夢を持てる分野で、これから日本に残るものに全力あげて取り組んでいこう」と新たな分野を模索。ちょうど、宇宙・航空機関連の部品産業が日本に集まりつつあるとの情報を得て、進出を決めます。

 折り紙ポットのネットワークが人工衛星のパラボラアンテナ(折り紙技術が使われている)のジョイント部品受注につながり、さらには国際宇宙ステーション(ISS)の日本のモジュール部品受注へとつながっていきました。

 今年10月、国際宇宙ステーションと連結される日本の実験棟がNASAから打ち上げられる予定ですが、その生命科学実験施設の製造に携わった5社のうちの1社が蔵前産業です。大手メーカーが及び腰となる中、中堅企業の連合体による受注でした。航空機分野でも、ボーイング787の中央翼部品など、安全にかかわる重要部品の製造が任されています。

より困難を求めてより高きへ

 「若い人が“おもしろい”と夢を持って取り組めること、そしてもの作りの基本技術を大事にしてきた」と橋本氏。

 社訓「より困難を求めてより高きへ 品質こそ我が社の命」が掲げられた工場には、最新鋭のマシニングセンターから、手動のプレス機までそろっています。これも基本技術を身につけてこそ、応用力も生まれると考えるからです。同社では、積極的に若い人材を採用しており、新たな分野に夢を持って挑戦していくなかで自信をつけ、さらに創造性をふくらませながら成長していることが、一番の喜びとなっています。

 定年後も、熟練技術を生かして同社で働いている人もいます。勉強会も毎週のように開かれ、熟練技術者と若者が一緒になって、「より高きへ」と挑戦する気風があふれていました。

【会社概要】
設立
 1969年
資本金 4800万円
社員数 正規29名、パート10名
年商 5億5000万円
業種 医用機器・半導体・航空機部品製造、紙容器金型設計製作、研究開発事業等
所在地 群馬県前橋市上大島町
TEL 027-261-3552

「中小企業家しんぶん」 2007年 7月 25日号より