大海を埋めることはできないが、島は創れる 泉製紙(株) 社長 宇高 昭造氏

 
 愛媛・川之江で家庭紙を製造・販売する泉製紙(株)社長の宇高昭造氏(愛媛同友会会員)は、「美しい川を取り戻したい」の一念で早くから公害問題に取り組み、環境保全の先端をゆく企業づくりをリードしてきました。

 7月に香川で行われた中同協第39回定時総会第16分科会での宇高氏の報告概要を紹介します。詳細は『中同協』79号をご覧下さい。(文責・編集部)

大海を埋めることはできないが、島は創れる
環境保全の先端をゆく企業づくり・事業づくり
泉製紙(株) 社長 宇高 昭造 氏(愛媛同友会・同友会大学学長)

 今日みなさんにお伝えしたいことは、環境問題は一部の業界や専門家のみが考える特別な問題ではなく、だれもが直面するテーマの1つであるということです。人間らしい会社づくり・社会づくりに取り組もうとすれば、経営指針や社員教育と同じように、ごく自然に立ち現れてくる問題と言えるでしょう。

原風景の汚染に強い衝撃と憤り

 私は、愛媛県東予―日本第3位の紙生産量を誇る川之江で生まれました。とても自然豊かなところで、幼い頃は海や山そして近所の小川が遊び場でした。

 自然科学に興味のあった私は、京都の大学で有機化学を専攻、卒業後は神戸にある大手化学会社の研究所に6年勤めました。その後1971年に帰郷し、父が47年に創業した泉製紙(株)に入社しました。当時から、古紙を原料に家庭紙を生産していました。

 私が帰郷した70年代は、工業化の進展とともに、各地で公害問題がふきだした時代でした。川之江でも、製紙工場の廃水による河川・海洋汚染が深刻化していました。何より、子どものころ泳いでいたあのきれいな小川が、自分の働く工場廃水で汚染され、白濁していたことに強い衝撃を受けました。絶対に許せないという憤りと、自分が何とかせねばという思いでいっぱいでした。

技術開発に挑みつづけて

 この思いを胸に、最初に手がけた仕事が、廃水処理プラントの開発です。私の考えを知った地元機械メーカーの協力もあり、わずか半年で完成させることができました。

 次に完成させたのが高速の抄紙機「ベストフォーマ」です。紙をすくスピードを約10倍に高速化し、生産性を飛躍的に高めました。スピードが上がれば、エネルギーコストの削減にもつながります。

 しかし、開発に取り組んだ真の動機は、生産性の向上をはかり、社員の休日をつくることでした。当時社員は低い生産性のもとで、土日の休みもなく長時間労働にあえいでいました。私は条件の整った大手企業に勤めた経験がありましたから、自分も含め社員の過酷な労働条件を何とかしたいと思っていました。「ベストフォーマ」の完成でこれが実現できたことは、とてもうれしいことでした。

 ちなみに現在でも抄紙機の種類は、世界に2つしかありません。われわれが開発したベストフォーマと、キンバリークラーク社(米)のクレセントフォーマです。

 新しい技術開発をしていくためには、科学的な知識や概念、物事の仕組みを理解する必要がありますので、中学や高校を卒業した社員にもわかるように、試行錯誤しながら勉強会を開催しました。その中で、公害防止管理者資格という国家試験に挑戦し、私を含め4名が合格したことは、大きな自信となりました。

無漂白の古紙処理技術開発で高付加価値化

 続いて挑戦したのが、無漂白の古紙処理技術「HDK法」の開発です。これは環境にやさしい紙づくりというコンセプトに加え、大手メーカーのバージンパルプに匹敵する白さを備えた商品、大手を上回る高品質・高価格商品を実現させたいという、自分の中にわき起こってきたテーマをもとに取り組んだものです。80年ころから着手し、7年がかりで完成させました。

 HDK法は、塩素系の漂白剤を使わずに古紙のインクを抜き、白色度の高い再生紙の生産を可能にしたものです。環境負荷も極めて少なく、紙は白く強度もあります。この技術は、トイレットペーパーの古紙商品を画期的に変えました。私はこの無漂白再生紙に、エンボス加工を施したり、あるいはプリント加工を施すことで、大手のバージンパルプを上回る高付加価値、高価格商品を実現させました。

ダイオキシン問題でも地域から信頼

 HDK法が完成して数年後の90年に、紙生産におけるダイオキシン問題が川之江で提起され、全国的にも話題になりました。製紙工場では主に塩素を使って紙を漂白する際の副産物として、ダイオキシンが発生します。この問題に先駆けて販売していた当社の無漂白再生ロールは、先見性を示した製品として注目を集めました。

 私は業界をリードして対策にあたり、大学の教授や漁業関係者とも話し合い、協力してこの問題にあたることができました。廃水を流す製紙工場と、その問題を指摘した大学教授、そして海洋汚染の被害者である漁業関係者、利害の対立する3者が一致団結できたのは、私たちの日ごろの仕事ぶりを理解していただいたからです。

 何か大きな問題がおきてから、対処法を考えるのでは遅いのです。日ごろからその道の専門家としてさまざまな問題に目を光らせ、知識・技量を身につけ、解決に向けて努力していなければいけません。

人間的感性を育てること

 最も大事なことは、人間性という観点で、足元の現実を見つめ、そこから何に気づけるかということです。そして、人間らしいものさしで発想できる人材が育っているかどうかが、判断基準です。

 その人の中に人間らしい心が育っていれば、その心に素直な商品づくりをすることで、必ず市民のみなさんの共感を得られるものができます。キーワードは「役に立つこと、気が付くこと、誠実であること、挑戦すること」この4つです。

 当社の商品は、日本一高いですが、一番やわらかく、品があって、環境にも配慮された奥行きのある商品だと自負しています。スーパーの客寄せに使われるような安価な商品は、ほとんど作っていません。10年先を見据えた商品づくりをすること、本来はこうすべきであることを提案し続け、地道な努力によって少しずつでも前進させることが、使い捨てにされない仕事をつくり、明日の楽しみにつながります。

 最近、九州を担当している営業社員が喜んで帰ってきました。ある問屋さんから、おたくの技術力が優秀なので売上が伸ばせたと感謝状をいただいたというのです。大手製紙メーカーが10%の赤字を出す、そういう厳しい業界の中で、すごいことだと思いました。自社商品が、お得意さんに喜んでもらえたことを全社で喜びました。

 私は、自社製品であるトイレットペーパーが商品だとは思っていません。本当の商品は経営指針書です。営業の者には「商品は持っていかなくてもよろしい。経営指針書を持って行きプレゼンテーションしなさい。それを粘り強く継続するように」と、こんこんと言い聞かせています。当社の価値観、考え方を評価し賛同してくれるところが、本当のお客さんであることを常々社員に話しています。

見えないものを見る力を養う

 当社には年間を通して、一般消費者の方、小学生・中学生など多くの人が企業見学に訪れます。外部からの見学者を、社員は張りきって迎えます。自分も商品づくりに携わった1人ですから、とても誇らしい気持ちでしょう。見学者との交流を通して、お役に立つことを喜べる感性が育まれ、前向きなエネルギーが生まれてきます。

 また、私が紙パルプ工業会という業界の環境保全委員長を務めることで、業界を背負う責任感、プライドも社員に伝わり、よい緊張感を生み出していると思います。

 こうしたお客さんや業界、社会からの期待に高い水準でこたえるために、就業時間内に学習の時間を設け、学習に励んでいます。加工場は2交代勤務ですが、14時から16時半までの2時間半をオーバーラップさせ、この時間は勉強できるようにしています。

 とりわけ技術者は「見えないものを見る力」を養っていかなくてはなりません。1つの押しボタンの裏側に隠されている仕組みを見通し、機械の音を聞いて故障や異常に気づかなければなりません。そのためには常に感性を磨き、学習し続けることが必要です。

 見えないものを見る力は、技術開発だけにとどまらず、一緒に仕事する仲間の喜びや悲しみや悩みに思いをはせること、物事の本質を捉える力に通じます。このような目を持てるよう、管理者は社員を育てること。この目を養うことが当社と全社員の将来を左右すると考えています。

 このように、当社では社員の技術レベルの向上だけでなく、人間が人間らしく育つこと、そうした学習の場を職場の中につくることを大切にしています。

素敵な価値観で満たしたい

 私は86年に愛媛同友会に入会しました。当時私の周りにいる経営者は、口を開けばお金のこと、世間体のことばかり、ご都合主義が透けて見えるようで大嫌いでした。それが、同友会という会に出合い、経済活動あるいは経営は神聖な行為であると思えるようになりました。同友会で学ばせていただいたおかげです。

 同友会は、素敵な島づくりをする経営者の集団です。たくさんの問題を抱えてはいますが、それを克服して、それぞれに美しい島をつくることができるならば、すてきな人間・すてきな社会をつくれるのではないかと思っています。

 人は競争の中ではなく、自分の発露としての島をつくること、その中で生きることを本当は望んでいるのではないでしょうか。誠実さと挑戦によって裏打ちされた奥行きのある商品をつくること、そのような企業活動を進めることがよい会社だろうと思います。当然、その中に傲慢さがあってはなりません。世の中を素敵な価値観で満たしたい、これが私の切実な願いです。

土台となるのは人間らしい感性

 何より、土台となるものは人間らしい感性―違和感を感じとれる力です。空を汚している自覚、海を汚している自覚があるのかどうか。人間らしい心を養っていけているのかどうかが、私たち経営者に問われています。私は業界の中で、最も水を使わず、最もきれいな水を流している製紙工場であると自負しています。お客さんは、こうした地道な取り組みを、支持してくれていると思います。

 競争社会に浸って生きていくのではなく、自分たちの人間性に訴えて、飯を食っていきたいという願いを切実に持っています。実現させるのは容易ではありません。しかし、そういう夢を持てる集団に自分の会社を仕上げていきたいと思っています。

希望の島づくりから共に大陸へと夢見て

 「大海を埋めることはできないが島は創れる」とは、人間らしい価値観が通用する世の中にまだなっていない。つまり、大海を埋めることができない。しかしそれでも、理念や理想を熱っぽく語りつづけ、希望の島をつくろうと奮闘しつづけることはできます。

 競争至上主義とでもいいましょうか、そのような価値観が世界中を吹き荒れています。そんな荒波の中で、使い捨てにされない仕事をし、存在感のある会社―希望の島でありたいと思い、日々取り組んできました。

「不条理なものをどう感じるか」この素朴な感性がまさに、田山謙堂さんら先輩たちが同友会運動を起こした動機であったろうと思います。われわれ中小企業は正当に評価されているだろうか。世の中の役に立っているだろうか。自分自身の人間性はどうだろうか。社員は人格豊かに育っているだろうか。このような問いを常に自分の中に呼び起こし、真摯(しんし)に実践していく企業であるかぎり、世の中は私たちを支持してくれるだろうと思います。

 自らの実践から学んだ哲学者であれ―この精神が同友会を存在意義のある経済団体に高めています。経営指針にも現場から汲み取った哲学を書けばよいのです。私自身もそのことに気づくまでに時間がかかりました。実際に学ぶ場所は、どなたの職場の中にもあることを強調したいのです。

 同友会は経済活動のあるべき姿を、自ら苦悩しながら求めている会です。私もその1人としてこれまでやってきました。私は、同友会という経済団体が主流になる世の中が必ず来ると信じています。またそうでなければいけないと思っています。みなさんと共に大陸をつくることを夢見て、これからも仕事をしていきたいと思います。

【会社概要】
設立
 1948年
資本金 4500万円
社員数 正社員81名、パート5名
年商 30億円
業種 家庭紙の製造・販売
所在地 愛媛県四国中央市川之江町
TEL 0896-58-2427

「中小企業家しんぶん」 2007年 10月 5日号・15日号から