大企業での勤務経験を反面教師に、社員が主役の会社づくり
7月に石川県金沢市で開かれた中同協第38回定時総会第8分科会で行われたトマル電気工業(株)の都丸亮一社長の報告概要を紹介します。
企業の道具としてのサラリーマン時代
私は機械をいじることが大好きでしたので、大手自動車メーカーに就職し、入社3年目で新車開発のプロジェクトチームに抜擢(ばってき)されました。ところが時間外労働が3年連続で年間1500時間前後となるような忙しさで、夫婦間のすれ違いが生じたり、娘に人見知りをされ泣かれ、「家族を失ってまで仕事することに何の意味があるのか」と自問自答することもありました。プロジェクトの仲間が大病になっても、上司から出た言葉は「自己管理が足りない」という冷たいもの。私の心は次第に会社から離れていきました。
開発した新車がいよいよ生産開始される日、式典に私たち技術者の席はありませんでした。社長がねぎらいの言葉をかけたのは、死に物狂いで働いた私たちではなく、自分たちをこき使った幹部や生産に携わる工場関係者でした。そのとき部下がつぶやいた言葉は今も鮮明に覚えています。「おれたちって単なる兵隊ですね。ぼろ雑巾になるまで頑張って、最後のおいしいところはみんなお偉いさんたちがもっていっちゃうんですね」。その時、私の心はすでに決まっていたような気がします。
入社して8年半後、父親が経営するトマル電気工業に入社しました。
父親である社長は非常にワンマンで、経営理念など必要ない、社長の姿をみれば社員は自然と育つものという考えの持ち主でした。社長がすべて判断し、1人で何でも背負い込み、管理職を育てることもしていませんでした。
それでは新卒社員が定着するはずもなく、平均年齢は50歳以上と高年齢化が進んでいました。救いは高い技術力でした。ベテラン社員の仕事に臨む態度は非常にまじめで、客先からの評価は高いものでした。
同友会には共同求人がきっかけで入会し、若い人材の採用と育成こそ会社の存続・発展のための第一歩と考えるようになりました。
技術の習得には最低10年は必要でしたから、将来の世代交代に備えるためのタイムリミットが迫っていました。そこで、共同求人で採用した若い社員をしっかり育成し、強固な技術者集団を作りあげていくことを目標としました。
新人の研修や教育には労力を惜しまず、経営者自らが社員を育てる強い意志を示すことが必要だと思い、入社後の研修は私自身が1週間かけて行いました。
ベテラン社員とは徹底した話し合い
つづいて、これまで頑張ってきたベテラン社員の気持ちを踏みにじることのないようにしながら、意識改革に取り組みました。
社員全体が集まる安全大会などで、求人や社員教育の重要性、世代交代の危機感、経営者の教育に対する思いを繰り返し話し、理解を求めました。とりわけ核になる社員とは、さまざまな場面でコミュニケーションを徹底的に深め、会社の将来や若手社員を育てる意義について議論しました。その中で、ベテラン社員も技術の継承に危機感を持っており、若手社員をどう育てればよいか悩んでいたことが分かってきました。
理念明確にした働きやすい環境づくり
人材育成に力を注ぐ中で、会社の理念や将来のビジョンを明確にすることが必要不可欠であると感じるようになり、自分の強い思いを盛り込んだ経営理念を98年に発表し、翌99年、社長に就任しました。
「労使見解」(中同協「中小企業における労使関係の見解」)にもありますが、経営者には、「経営を維持し発展させる責任」があります。新入社員が40年後無事に定年を迎えるまで責任を持つためには、事業を次世代まで継承させる努力とビジョンが必要となります。
まず、社員が働く環境の改善に力を入れました。サラリーマン時代を振り返り、家族を犠牲にしたり社員の気持ちをないがしろにせず、社員が気持ちや意見をきちんと言える働きやすい会社にしたい、昔ながらの中小企業のような良い意味での仲間意識、家族意識を大切にしていきたいと考えたからです。何より「社員を支えてくれているのは家族。お父ちゃんを家族のもとに帰したい」という思いがありました。就業規則も社員の意見や要望を聞きながら、お互いに納得できる形で明文化しました。
社員が主役の会社づくり
次に、社員の「自発性が発揮される状態を企業内に確立する努力」(「労使見解」)が重要となります。すなわち「社員が主役の会社にしたい」ということです。そのためには、社長が1人で引っ張る経営を終わらせ、社員に自分で判断させる癖(くせ)をつけることが大切でした。
私は、社員に何を聞かれても「あなたならどうしますか」と問いかけ、時には、「そんなことも自分で決められないの」と厳しいことも言いました。そのうちに「新社長は何もわからない。自分たちがしっかりしなければ」という意識が芽生えてきました。
さらに、社員が発言しやすい風通しの良い雰囲気を作るために、コミュニケーションの場を設けました。普段目立たない社員が、懇親会やソフトボール大会などで生き生きすることで存在感をアピールし、結果として仕事の中でも居場所を見つけ、発言するようになる仕掛けもしています。
また、社員が働きがいや誇りをもてるよう、成長レベルに合わせ、やりがいの持てる仕事を与えるようにしています。多少レベルの高い仕事でも任せ、ベテランがしっかりサポートすることで本人の責任感と自信につながり、能力が格段にアップします。サポートする側も、教えることによる学びも大きいと思います。
社員の輝く姿が見たい
私が社員が主役となる会社づくりにこだわるのは、社員の輝く姿が見たいからです。初めて責任ある仕事を与えられた社員が、本当はうれしいのに、照れくさい表情をしているのを見たとき、とうとうここまで来たかと感無量になります。「社長、これ、できますか」と、身につけた技術を私に自慢してくることもあります。社員一人ひとり何か必ず光っているはずですから、それを素直に感じることを大切にしています。
ベテランが本気になった時もうれしいものです。若手社員を一生懸命指導しており、直系の弟子ができたような感じで楽しそうにしています。今では自分たちで研修計画を立て、テキストやカリキュラムを作り、自分たちの得意分野を競って教え合っています。ISO9001システムを自分たちで積極的に展開したことで、組織における自分の役割を自覚し、何を後世に残せるかを考えて、さまざまな提案やマニュアル作りをしています。自分で仕事を背負い込まず、分担して効率的に進めようという姿勢にまでなりました。
会社の将来や後継者育成についても熱く語ってくれます。以前は無責任だったベテラン社員が、「社長、しっかり考えているんですか」と食ってかかかるほどになりました。何より、現場でプロとして目の色を変えて仕事をしている姿はまぶしいです。
社会情勢に左右されない強い会社に
私がトマル電気工業に入社して、満15年を迎えます。とにかく会社の構造改革をしようと、ただ前を向いて突き進んできました。
今では、トマル電気工業は変電工事技術者を真剣に育てていると認知され、直営施工体制による当社の機動力と技術力が地域にとって重要な位置づけとなっています。同業者で高齢化が進む中、順調に次世代を担う技術者が確保できたことで、当社への期待も高まってきました。「トマルさんの現場に来ると、若い人が元気よくあいさつしてくれて気持ち良いね。現場に活気がある」と評価を頂いています。現在の大きな課題は、経営の相談ができ、会社をしっかり支えてくれる管理者層の育成・充実です。
近年の設備投資の削減を受け、2003年には同業他社の倒産が相次ぐ中、当社も大きな赤字を出しました。解散も考えましたが、どんなに苦しくても雇用を守ることを社員に約束していますので、社員と納得いくまで話し合いを重ね、半年間の給与カットや賞与がほとんど払えないことを理解してもらい、痛みを分かち合ってもらいました。経営状況も落ち着いてきましたので、今度は私がこたえる番です。社会情勢に左右されない強い会社にすることが、私の責任です。
会社概要
設立 1960年
資本金 2000万円
年商 5億8000万円
社員数 51名
業種 東京電力の変電所建設、メンテナンスほか
所在地 埼玉県戸田市上戸田
TEL 048-441-4060
http://www.tomaru.co.jp/
「中小企業家しんぶん」 2006年 10月 5日号より