“100人の応援団”が嶺北の未来を変える~「町」と「森」をつなぐ新たな試み

森昭木材(株) 社長 田岡 秀昭 氏(高知)

 林業の危機が叫ばれる中、森林率84%の高知県で、町と森をつなげ、地域再生に取り組む田岡秀昭氏(高知同友会会員)の取り組みを、昨年11月に行われた高知県経営研究集会での報告より紹介します。

森の破壊は人類の破滅

 私が木の世界に入ったのは1972年です。当時、30年生から40年生の杉の価格は1立方メートル当たり1万7000円でした。現在はその半値です。一方、人件費は当時の数十倍。この変化のしわ寄せは全て山の側に来ています。つまり、山の価格が限りなくゼロに近づいているのが、今の林業の危機の根本にあります。

 日本の森林率は66%ですが、高知県は84%あり、日本一です。ドイツは30%、アマゾンがあるブラジルでも58%です。

 地球は「水の惑星」と呼ばれていますが、その水も、広大な森があって初めて人間が使える水となるのです。その森が今ドンドン失われていっています。ある方が「人間にとっての地球は森の惑星であり、森が破壊されるということは人類の破滅を意味する」と言っていますが、まさにそういう問題だと思います。

緑の砂漠を理想の森に

 日本の森は今、4回目の危機を迎えていると言われますが、それまでと違って、使われないことによる危機です。戦後の植林活動によって、人工林を1000万ヘクタール作り上げたのですが、日本の木材自給率は20%しかありません。それだけ国産材は使われていないのです。つまり、植えて、育てて、切って、使うという循環が途切れてしまっていることによる危機です。

 「緑の砂漠」といわれる状況が日本の森林の6割以上を占めているといわれています。間伐されない森林では、地面に直射日光が届かず、下草が全く生えず、まるで砂漠のような状態になっています。間伐しようにも経費が出ないのです。ただ、こういった森でも、間伐すれば下草は伸びてきます。つまり杉という「資源の森」と、広葉樹でできた「環境の森」が両立できるのです。これが私たちの考える「理想の森」です。

世界の木材状況

 世界の木材貿易では、地球温暖化防止対策として、違法伐採への対策が取り決められ、日本でも違法伐採でない証明書がなければ政府は購入しないことになりました。

 また、ツーバイフォー住宅の構造材に用いられるSPF材に虫害が見つかり、原産国のカナダが虫の拡大を防ぐ関係で、ツーバイフォー業界が杉に目を向けています。

 その中で、日本の木は、世界の中の地域材としての役割を担うようになり、大手企業も日本の杉に目を向け始めました。ところが、山に人がいなくなり、杉を切り出そうにも出せない状況です。山の担い手をどう確保していくのかが重要な問題になっています。

木の家の産業化を

 土佐町を含む嶺北5カ町村は香川県の6割の面積ですが、人口は1万5000人、毎年の出生者数は50人弱。これから20年後、その子たちに何か産業を残す必要があります。嶺北で一番産業化しやすいのは木材資源ですので、木の家の産業化が必要と考えています。

 設計士さんや施主さんなどに山の現状を知っていただこうと、10年くらい前から「源流の森を見に行くツアー」に取り組んでいます。

 徳島の「ふれあいコープ」との関係では、これまで50棟ほど建ちました。もともと土佐町の棚田米を源流米として「ふれあいコープ」に出していて、田植えや稲刈りに来たりの付き合いから始まりました。森が荒れているのなら、その森の木を使って源流の森を守ろうと、「NPO法人里山の風景をつくる会」になりました。

規格化で大量に動かす仕組みづくり

 早明浦ダムの水を介した香川のNPO法人「木と家の会」とは、水源の森の木を使おうと、「れいほく規格材」に取り組んでいます。たとえば杉材を、通し柱、板材、土台など、住宅の使用部位ごとに数種類ずつ規格化し、山側は町側の注文に備えて規格材をストックしておけるというものです。

 山を動かし、地域に潤いを与えるためには、「顔の見える家づくり」という個別対応的な家づくりだけでは無理です。もう少し大量に木材を動かす仕組みが必要だということから規格材に取り組みましたが、これも、よほど木造のことがわかる人でなければ使えません。

 そこで2007年に始めたのが「れいほくスケルトン」、つまり骨組みを売るのです。基本構造体として、基本的なプランを3つ提示して、その中から選んでもらうのです。この取り組みは、高知県の2007年度県産品ブランド化企画推進事業にも選ばれました。

インターンシップと「SGEC森林認証」

 そのころ、高知大学の「いなかインターンシップ」で学生を受け入れ、「SGEC森林認証」取得のための書類を作ってもらいました。これは環境に優しい森林経営を認証するもので、持続可能な森林経営を通じて環境保全と循環型社会の形成をめざすものです。

 森林だけの認証では、木材が加工されてしまうと消費者が環境に優しい木材を選ぶのは難しいので、伐採から製材、出荷まで一貫した認証取得をめざしました。そこで、山だけでなく工場での過程など、全ての流れを把握する必要がありましたが、ほぼ完璧なものを作ってくれて、2007年3月に認証取得しました。

 これで「れいほく規格材」の履歴もはっきりしたものにできました。大量の材木を動かそうとすると、「SGEC森林認証」のような安心、安全を担保するものがどうしても必要なのです。

森の未来に出会う旅

 「れいほくスケルトン」を展開していく上では、使う側の担い手の育成が課題です。大学の建築学科では、木造建築や木の文化について学びません。

 そこで、学生に木に親しんでもらうセミナーをやりたいとインターンシップの井上将太くんに話したところ、「やりましょう」と言ってくれました。彼らの企画・運営で実現したのが、全国の木造建築に興味のある学生を対象としたセミナー「森の未来に出会う旅」です。

 一番うれしかったことは、地域をにぎやかにしてくれたことです。それにこたえるように、地域のおばちゃんたちが、朝晩のご飯を作ってくれて、そこでも新たな交流が生まれました。田舎を変えるには、若い力が必要です。これからも地域の学校でこういった人材が育つことを期待していますし、すでにすばらしい方々がいらっしゃるのではないかと感じています。

【会社概要】

創業 1980年
資本金 1500万円
社員数 22名
業種 製材業、木材販売業
所在地 高知県土佐郡土佐町境5
TEL 0887-82-1818

「森の未来に出会う旅」

「森の未来に出会う旅」

高知大学農学部森林科学科2年 井上 将太さん

 私は、父が木造建築の大工で、小さいころから山に連れて行ってもらっていたこともあり、森が好きになりました。

 今回企画した木造建築等の設計士セミナー「森の未来に出会う旅」は、9月に6泊7日の合宿形式で行い、本山町の廃校になった小学校の木造校舎に宿泊しました。参加対象は全国の木造建築に興味のある学生ですが、社会人の方も含め、18名が参加しました。東北、九州など遠方からも参加がありました。

 セミナーの目標は、山の現状や木造建築のことを理解した設計士の卵を育てることです。木造建築に興味のある設計士を志す学生でも、木造建築について学べる場はなかなかありません。

 また、私には、このセミナーに参加した学生と嶺北地域と林業をつないで、相乗効果を出したいという思いもありました。たとえば、学生に地域を知ってもらい、地域のPRにつなげてもらおうというものです。

 セミナーでは、地元の人が講師となって、森に入って山の現状を見てもらったり、間伐や製材体験、木材流通現場の見学などを行いました。「緑の砂漠」といわれる山の現場を見た時は、参加者が「山を守らないといけない」と言ってくれて、とてもうれしかったです。

 1週間の寝泊りで、将来のことや建築のことを語り合って、本当に内容の濃いものにできたと思います。

 今回、18人の嶺北の応援団が生まれました。このセミナーは5年間の計画です。毎年20名程度の応援団を増やし、5年間で100人の応援団を作っていきたいと思っています。

 森には未来の可能性があります。今後、木造建築を学ぶセミナーが林業の盛んな地域で行われ、嶺北がメッカ的な存在になれればと思ったりしています。

高知大学の「いなかインターンシップ」をきっかけに生まれた全国の木造建築に興味のある学生を対象としたセミナー「森の未来に出会う旅」。中心となって企画・運営した井上さんは、「田岡氏は自分の師匠のような存在であり、森の伝道師」だという。(写真提供・井上将太氏)

「中小企業家しんぶん」 2008年 4月 5日号より