少部数出版で「脱印刷」の事業変革 (株)三恵社 代表取締役 木全 哲也 氏(愛知)

同友会で学び、川下から川上へ

 「脱刷宣言」をテーマに掲げ、新たな経営戦略で新市場創造を図る(株)三恵社の木全(きまた)哲也社長の実践を、愛知同友会「第10回経営フォーラム」(2008年10月)での分科会報告要旨から紹介します。

気が付けば構造不況業種

 自社では「創造する精神」を経営理念として、会社の使命としては、「市場の創造」「お客様の感動」を掲げています。

 1963年に父親が創業し、45年目を迎えました。飲食業界専門の印刷業としてスタートし、未成熟な市場でしたので、92年まで増収増益でしたが、その後、横ばいが3期続きました。

 95年には「IT革命」で、ペーパーレス化が進み、印刷業のパイが減り、バブル崩壊と構造不況のダブルパンチを受けました。

 多くの取引先を持っていたため、1度に大きく減ることはありませんでしたが、下げ止まりません。気付かないうちに、構造不況業種に指定されていました。

印刷会社から「印象会社」へ

 現在、外食産業サポート事業部(店舗デザインからコンサルタント含む)、出版事業部、オルクリエイションという名称のデザイン事業部、の3本柱で展開しています。

 「脱刷宣言」「印刷会社から、お客様の心に残る『印象会社』へ」というテーマを掲げ、新規顧客開拓に悪戦苦闘しています。

 転換のきっかけは、95年の「少部数テキスト出版ビジネス」です。

 これは、現・立教大学の山口義行先生を訪ねた時のこと。「最近は、授業で黒板を使わずに、パソコンで講義資料を作って印刷している」という話を聞きました。そこで「1年分の講義資料を事前にもらって、冊子にしたらビジネスになるのではないか」ということでスタートしました。

 当時、印刷会社としては、先生の資料をプリントアウトしてそのまま製本することには、抵抗がありました。

 しかし、「これをやっていかないと自社も業界も先はない」と思い、96年に出版事業部を立ち上げました。

 本気になったきっかけは「アントレ会(同友会会員有志の研究会)」での学び合いです。少部数出版について相談しますと、いろいろと指摘され、私はキレてしまいました。

 するとアドバイザーの山口先生から「素人が『こういうことをやって欲しい』というところにビジネスのヒントがある。それを実現するのがプロ」と言われました。

オンデマンド印刷機で「印刷屋」をやめる

 それからは、99年に自社のWebページを開設し、愛知・岐阜・三重の大学の先生に案内し、かなりの反響がありました。

 1年かけて見積もりなどの仕組みをつくり、ホームページもリニューアルしながら、最終的に「オンデマンド印刷機」を導入。この機械は「大型のプリンター」で、短納期・少部数で低コストが実現できます。

 印刷屋は職人の世界でもありますので、導入するときは、先代も含め、社員全員から猛反発・総スカンを喰らいました。

 さらに、「教科書ビジネス」なので、大学の新学期の前後と後期の半年間しか稼動のめどがありません。オンデマンド機は高額で、ランニングコストもかかります。「いつまでも印刷屋という視点に立っていてはいけない」と決意しました。

価格競争ではなく、川上産業へ

 2002年、NHKの「21世紀ビジネス塾」という番組に出演し、日本全国に少部数出版の事業が宣伝でき、04年には東京出張所を開設しています。

 今、全国の200の大学で約600名の先生と取引があります。日本の大学は587ありますので、約3分の1の大学と取引があります。

 脱印刷業を掲げ、出版デザイン業に転換しました。印刷業界では「刷る」業態は川下産業に位置付けられます。川下に行けばいくほど設備の競争になり、最新の機械を導入し続けていかなくてはなりません。

 自社が選択したのは、川上産業、つまりデザインや企画がメインの業態です。 デザイン事業部を「オルクリエイション」と名づけて展開し、デザイン力で勝負するようになりました。

 今では食品スーパーがPB商品を作るときなどには、全国からデザインだけの仕事をもらえるようになりました。また、『クリエーター・パッケージ年鑑』という雑誌では、毎年、自社のデザイン10点ほど掲載されるまでに実力がついてきました。

公的施策への挑戦

 昨年、中小企業基盤整備機構の関東支部で、首都圏での販路拡大支援の予算がつきました。大学向けの少部数出版から、一般の方への自費出版も広げようとの取り組みです。

 「まずは、首都圏を狙おう」としましたが、東京は出版が地場産業。何度も資料を作り直し、再度東京に出向き、なんとか販路拡大の支援をいただけることになりました。

 今の中小企業政策は意欲のある中小企業を支援しようとしています。待ちの姿勢では利用できません。

販売ルートなど、自社の強みを明確に

 プレゼンテーションの資料を検討する過程で、他社と比較して、優れている点が明確になりました。それは、第1に自社で販売ルートを持っていること、第2に200部くらいまでの少部数発行が可能なこと、第3にデザインからの一貫体制が取れること、第4に短納期であること、です。

 大手ネット書店や大手書店にも並び、全国の書店からも取り寄せが可能です。 大手の自費出版社もありますが、製作に200万~300万円かかります。自社では30万円で可能です。

 大学の先生から「お願いしたい」と電話が入るときは、実は3年前のリーフレットを見て問い合わせてきています。

 私がメールボックスに入れておいたリーフレットを見て「いいな」と思うと、パソコンで講義資料を打ち始め、1年間講義して、2年目に修正し、やっと3年目に本にしようと思うわけです。

 これこそ「市場創造」。お客様が感動すると、手元にリーフレットを3年間も持っていて、仕事をいただけるのです。

近視眼的な経営者にならない

 経営者は決断しなければなりません。結論的に言いますと、私が決断できたのは、愛知同友会景況分析会議などに参加し、学びの訓練をしてきたからです。

 その判断をもとに、全くのゼロから出発して事業化していく市場創造こそ、これからの中小企業に求められているのではないでしょうか。

「創造する精神」

1.お客様について CUSTOMER 創造的な提案によって、お客様に感動されるパートナーになる。
2.商品(サービス)について SERVICE お客様の利益をサポートする。
3.従業員について STAFF 充実したビジネスライフと成長の場を提供する。

会社概要

設立 1969年
資本金 1000万円
社員数 21名
業種 各種印刷、出版、デザイン企画
所在地 名古屋市北区中丸町
TEL 052-915-5211
http://www.sankeisha.com/

「中小企業家しんぶん」 2009年 2月 25日号より