経営指針づくりからはじまった企業再生(株)奈良ロイヤルホテル 社長 八坂 豊氏(奈良)

今、成熟へスタート! 同じ理念でもその解釈は進化し深化する

 経営理念を社員との共通語としてホテル再建・再生に取り組んできた(株)奈良ロイヤルホテルの実践を、7月に東京で開かれた全国総会第9分科会の報告から紹介します。詳細は、10月発行予定の『中同協』誌をお読み下さい。

 大学卒業後、私はホテルマンにあこがれ、東京のあるホテルに就職し、ホテルマンとしての人生をスタートさせました。ホテル業界をいくつか転職し、2002年12月に奈良のホテル再建の依頼があり、赴任しました。企業再生は弁護士や税理士など専門家の力を借りながらも、やはり現場で働く人間が再生するべきとの思いと、自分を育ててくれたホテル業界への恩返しという2つの強い思いが、何の縁もない奈良に私を赴任させたのです。

相手を知り、違いを認め合うことから

 この会社は、超ワンマン経営者のもとで「考えること」を禁止された社員が倒産した会社に残り、ある日突然、弁護士から「今日からあなたたちが経営者です」と言われて動き出していました。しかし何の「基準」も、「目的も方向」もないまま突進しだしたので、「何とかしなければ」という思いで社員がばらばらに働き、足を引っ張り合うような状況がありました。

 そんな時、会計士から1泊セミナーを勧められました。セミナーでは約20人の幹部と私が参加し、お互いに自分のことをみんなに知ってもらおうとする「自己開示」を行いました。すると、この日を境に、会社再生に向け、前に進めるようになってきたのです。

 私は2年以上同じ職場で働いたことがなかったため、こんなに人間関係をつくることが必要だとは思いもしませんでした。互いを知り合い、共通点を共有すること、何よりも互いの違いを認め合うことが、とても大切なことだと実感しました。

 その2カ月後に、もう1度集まりました。その時「どんなホテルになりたいか」をみんなで出し合い、つくったのが今の「経営理念と行動指針」です。

 私はこれが欲しかったのです。感情的にもつれている幹部との間で何を言っても反発するので、自分たちで決めた「理念」が言っているじゃないか、と言えるようにしたかったからです。この時につくった理念は、単なる“ツール”でした。

ツールとしての理念から自分の思いに

 当初、“ツール”としてつくった経営理念でしたが、私自身が社長になる意義を見いだし、本気で社長の仕事をするために、自分なりの思いを入れて解釈していく中で、経営理念がはじめて単なるツールではなくなりました。私の価値観が大きく変化しだしたのです。

 それまでの私は、たくさんの利益を本社に上納して賞賛され、待遇されることが自分自身の働くモチベーションでした。また、その成果を得るためには「ついて来れない奴は置いてけ、できない奴は辞めさせろ、代わりを雇えばいいじゃないか」という価値観だったと思います。それが経営理念の解釈をすることで、中小企業の経営者として何が求められているのか、何が使命なのかを少し感じ取れたような気がします。もしこの時、価値観の変化が無ければ、今日はありえなかったと思います。

「何のために」を問い続けるなかで

 ホテル再生に向けいろいろな策を打つ中で、わが社には“やり切る力”がないのではないか、なぜ幹部たちにやり切る力がないのかと考えました。そして、自分の存在意義、自分の働く意味を、本当に自分自身で分かっていないのではないかと思ったのです。

 それから2カ月ぐらいかけ1人1回一時間のヒアリングを3回に分けて行いました。セクションは10名ですから、なんと30時間にわたり「何のために」と問い続けたのです。その結果、何が変わったかといえば、私自身が一番変わったのです。今まで使い続けてきた「お客様に喜んでいただく」ということの意味を、本当に深く考えました。

 ある幹部が私に言いました。「社長はお客様に喜んでいただくためにと言っているが、朝礼の時でも会議の時でもあといくら売ったら予算に到達する、今月はいくら足りない、数字の話しかしていないじゃないですか」と。その言葉を聞いて、なるほどと思いました。私が今までお題目のように言っていた“お客様のために”というのは、単に「数字をあげるためにお客様に喜んでもらう」と言っているだけだったことに初めて気がついたのです。社員との問いかけの中で「お客様に喜んでいただくために仕事をする。そこで得るものが“やりがい”なんだ」ということに気づきました。

 現在、すべての従業員(外部委託、派遣、パート、アルバイト)に入社時に理念カードを渡しています。なるべく多くの人たちに理念を伝えたいと思い、毎月、理念学習会を続けています。その中で私がいちばんうれしいことは、アルバイトの高校生が、会社の存在意義や自分の労働が社会貢献になっていることを聞いて、目を輝かせている姿を見ることです。

「経営理念」に常に戻り、生き生きと働ける会社に

 わが社に何が足りないのかと考えることで、経営理念に戻ってきました。そして「お客様のために」ということに戻ってきました。この理念を方針や計画に結びつけ、一体のものとして社員が動き出しました。本当に一筋にそれに向かって行こうという決意が、私に出てきました。これが次のステージへのスタートが切れた証拠だと思っています。

 粘り強く経営理念を語ることは必要だと改めて思います。社員に心から「経営指針書に戻って欲しい」と、やっと言い続けられるようになりました。経営が厳しい時期でも、経営理念に戻る習慣がついたことが、私にとって同友会での学びの最大の収穫だと思います。

 同友会が求める「いい会社」とは、一時的な利益ではなく、「雇用を守り、地域の中にあるわが社で生き生きと働いてもらえるような会社にしたい」ということであり、継続・発展が求められています。そのために絶対に必要なものが経営理念だと思います。

 今、経営者としてスタートを切ったばかりです。これからもいろんなことが起こるでしょう。だからこそ、常にこの経営理念に戻るということをベースにしていきたい。そして経営と同友会活動を両輪にして、前進していきたいと思います。

会社概要

設立 2005年
資本金 995万円
社員数 250名(パート・アルバイト含む)
業種 シティー型ホテル
所在地 奈良市法華寺町
TEL 0742-34-1131
http://www.nara-royal.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2009年 8月 15日号より