企業が人間を幸せにする使命感(株)西本電器製作所 社長 西本栄三氏(奈良)

西本社長

(株)西本電器製作所 社長 西本栄三氏(奈良)

7割売上ダウンから雇用守り黒字転換

 (株)西本電器製作所は、1965年に兄弟3人で立ち上げた個人事業所から始まりました。創業当初から一貫して、半導体などに使われるリードピンという微細な電子部品の製造販売を行っています。顧客の注文に応じて1つ1つ加工するという「多品種少量生産」のモノづくりを大切にしており、取引先は半導体・電子機器、自動車メーカーなど100数社。2006年には経済産業省中小企業庁「元気なモノ作り中小企業300社」に選ばれました。

 しかし、昨年は、世界的な経済の横波を例外なく受け、とても「元気な」とは言えない状態にまで追いこまれました。2009年2月には売上が70%ダウンするという事態に。しかしその後、わずか8カ月で売上は100%に回復し、現在も黒字を継続しています。そこには全社一丸で乗り越えようという社内体制をベースにした企業づくりの実践がありました。

変調の芽を感じ取り、危機感を全社で共有

勉強会の様子

 「振り返ると、2008年10月頃には、すでに仕入れ業者が業界の異変を口にしていた」と、社長の西本栄三氏。その時はまだ受注はあったものの、半導体系統の設備投資や業界全体の売上の推移を見ると、確かに下がり方がおかしいと感じられました。

 社内では、6年前から毎朝15分程度の役員とリーダーの勉強会と、月1回の全体朝礼を開いており、社員に対しても、これから何か変化が起こるかもしれないということを話していました。やがて11月、12月と、みるみるうちに受注が落ち込んでいきました。

 12月のボーナス支給時には、「今後、これまで経験していないような不況が来るだろうから、このボーナスは大事に残してください」と社員に伝えました。

 西本氏自身にも確証があったわけではありませんでしたが、さまざまな情報を集める中で、かつてのオイルショックやドルショックなどの経験と照らして、そのようなことが起こり得るのではと感じていました。「社員にはそれぞれ生活があり、そこに責任を持つのが経営者である以上、そのようなことも早め早めに伝えるべきだ」と西本氏は言います。

 そして年始の挨拶では、夏のボーナス停止と、給料カットの可能性もあることを告げました。

 日頃から経理は公開しており、社員は受注や売上の実際の数字を見ることができます。そのために、今後どうするべきかという危機感は、全社が共有していました。

1人も辞めさせない

 昨年2月末には、銀行から1億8000万円の融資を受けました。毎月1000万の赤字が出ても1年は大丈夫という試算です。これで10年の返済猶予が生まれ、精神的に楽になりました。

 「この会社は1年は間違いなく潰れない」という安心感は、社員にとっても大きいものでした。「これだけ用意したから、1年間赤字を出してもなんとかいける」と話すと、社員から「ああっ」という安堵の声が挙がったほどです。

 いよいよ厳しくなる中、役員から順次給与カットに踏み込み、4月には全社員給与カットという状態になりました。しかし経理公開で、借金や月の赤字も知っている社員は、みな納得してくれました。代わりに西本氏は、「雇用は絶対に守る」と約束したのです。

 そのために講じた策は、2月から7カ月間の雇用調整助成金の申請と、退職金の前貸しでした。

 退職金の前貸しとは、各社員の退職金加算額に見合うようかけていた郵便局の保険を解約し、社員の必要に応じて貸せるようにしました。ボーナス無支給では、ローンの支払いや、3月には学校の入学金の支払いもあり、困るのではないかという心配は当たり、実際に全部で1300万円の前借りの申し込みがありました。

雇用守り、技術力と設備投資で回復つかむ

 雇用を守ったことは、回復期を迎えてから大きな意味を持つことになります。

 技術のある社員を抱え、受注が戻ってくると、すぐに効率良く仕事を立ち上げることができたのです。数年前から開発しつつ、なかなか受け入れられなかった製品も、従来品に比べコストが安いことから、たちまち受注が伸びてきました。

 (株)西本電器製作所では、これまでも不況になると、安い、納期も早い、メンテナンスも丁寧などの理由から設備投資を行ってきましたが、あまりにも急激な受注増があったため、10月に設備投資を決断しました。結果的にどんな受注にもこたえられる生産力を持つことができました。

 9月頃から回復し始めた受注に対して、設備と人材の両面から高い生産性でこたえることで、さらに大きな受注増、黒字転換につなげることができたのです。

「企業が人間を幸せにする」

 西本氏は、「人の幸せとは、人に愛されること、褒(ほ)められること、役に立つこと、必要とされることだと思う」、そして「生活時間の多くを占める会社でこそ、その幸せを実現させたい」と話します。

 社員とその家族を幸せにできる企業として、社員の生活を守る方法を模索し、理解を求めながら共に乗り越えようとする。社員の積極的な提案や、小さな仕事でも大切にしてやり切ろうとする現場の意気など、社内がさらにまとまるきっかけともなりました。

 勤続10年のパート職員をお祝いしたら、「10年間も勤めてこられてうれしい。感謝の気持ちを表したい」と、逆に観劇チケットをもらいました。「なんか運が向いてきたかもな」と控えめに話す西本氏ですが、その経営実践は「企業が人間を幸せにする」使命感に裏打ちされています。

会社概要

創業 1965年
資本金 4800万円
社員数 58名
業種 電子部品用リードピン、精密金属部品の製造
所在地 奈良市北之庄西町
TEL 0742-62-1088
http://nisimotodenki.com/

「中小企業家しんぶん」 2010年 5月 15日号より