社員が誇りの持てる会社にしたい~松田紙業(有)代表取締役 松田一久氏(千葉)

経営者の熱い想いが顧客の信頼と人の育つ社風へ

松田社長

表彰状の筒、食品用ラップフィルムの芯などをばらすと、細い紙片が斜めに合わさってできていることに気づきます。松田紙業(有)(松田一久社長、千葉同友会会員)は、そのもとになるロール上の紙を、スリット加工する(輪切り状に切る)ことを業としている会社です。

社長の松田一久氏は、45歳。先代から経営を引き継いで4年が経ちます。大学卒業後、東京の製袋会社で修業のために働いていたところ、「工場の中核の社員が病に倒れたので」と創業者の父から呼び戻され、同社に28歳で入社しました。

しゃにむに現場の仕事を覚える日々。2年ほど経って自社の財務状況を見ると年商の3倍を超える負債のあることに気づきます。それからは、とにかく利益を上げること、借金の返済を減らすことばかりを考え、社員の尻を叩き生産性を上げることにひたすら邁進。それでも少しずつ財務体質は改善していきました。

しかし、社員を機械の一部のごとく考え、仕事ができない社員には罵声を浴びせるような雰囲気では、社員との溝は広がるばかり。社員が入っては辞めの連続で、会社に出勤するのも辛くなるようになりました。

社員との関係の変化

2005年9月に同友会に誘われ入会し、千葉同友会第13期経営指針成文化セミナーを受講します。

大きな負債に対する父への不信感、社員との関係でのギクシャクなどを率直に話す中で、周りの経営者からさまざまな体験を聞かされ励まされると同時に、自分自身に問題があったことに気づかされます。その結果、自社を多方面から見ることができるようになり、逃げずに経営に向き合おうという気持ちを持つようになってきたと言います。

「以前は、経営者はこうあるべき、社員はこうあるべきといった定義づけで自分に鎧(よろい)を着せていた。『人間同士の付き合い』だと思えるようになって、肩の力が抜け、社員は経営理念や方針を単に言葉だけではなく、経営者という人間の生き方、理念を実践していく姿から感じ取っているのだと思えるようになった」と話します。

経営理念実現に向け工場移転を決意

経営指針成文化セミナーの中で見えてきた「自社の持ち味である最先端スリット技術を磨き上げ、3R(リデュース、リユース、リサイクル)により循環型社会に貢献する」という内容の理念を実現する立場で考えてみると、現在の工場の環境がそれにふさわしくないことが鮮明になってきました。

虫などの異物混入による危惧の問題、工場が外から丸見えのため取引上のセキュリティーの要請に応えきれない問題、空調が不十分で現場の従業員にとって過酷な職場環境になっている問題などが浮き彫りになってきました。

そこで以前から考えていた工場移転の断行を決意。中小企業新事業活動促進法の経営革新計画の承認を得、意気揚々と政府系金融機関に融資を申し込んだものの、年商の3倍に近い設備投資ということもあり、あっさり断られてしまいました。

思いあぐねてメインバンクの地方銀行に相談すると、別の政府系金融機関との協調融資なら可能との感触を得、紹介してくれました。

経営指針をもとに「社員が誇りの持てる工場にしたい、顧客が安心して仕事を任せられる会社にしたい」との熱い想いを訴えたことが通じたのか、協調融資が決定。それが何とリーマン・ショックの1カ月前。「運が良かったですね」と担当者に言われました。

工事の職人に新工場への熱い想いを伝える

社屋

新工場(敷地1000坪、工場・倉庫500坪)は2009年7月に完成しましたが、その際には、仲間の会員企業の全面的な力を借りました。工場設計、電機制御、空調、保険、コンピュータなどなど、あらゆる仕事がすべて会員によるもの。

工場の工事を始める際には、大工さんや業者さんなど全員を前に「社員が誇りに思える会社をつくりたい!」との新工場に賭ける経営者としての想いのたけを話したところ、全員が「こんなのは初めて」と感銘を受け、仕事中に「社長の考えからすると、ここはこうした方が良いのでは…」という積極的な提案がなされ、さまざまな点で助けられたと言います。

工場設計を請け負った会員経営者も「こんな形で施主の思いを直接聞いて工事に入る方法もあるんだ」という発見をし、今後に生かしたいと言っています。

工場移転が他社との差別化に

リーマン・ショック後の厳しい経営環境ではあるものの、思い切った設備投資が同社にとってはむしろ追い風になっています。

例えば、ロットナンバーのデータ管理。紙メーカーでは、取引先から万1品質が問われるような事態になった場合には、材料のロール状の紙の状態の履歴を探る必要に迫られます。松田紙業では、コンピュータによるデータ管理を行っており、同業他社に対して優位に立っています。

工場内の温度、湿度管理のシステム化は、社員にとって労働環境の大幅な改善となっただけでなく、顧客先への安心感にもつながっています。

また最近、壁紙メーカーからスリット加工の依頼がありました。壁紙はどうしてもデコボコがあるため機械加工が難しいとのこと。「難しいことでも松田紙業さんならなんとかやってくれるのでは…」という評判を聞きつけての依頼です。

若手社員を育てる風土を

同社には30年以上勤務の50代以上のベテラン社員が3人、10代1人、20代から30代前半が4人の若手社員がおり、先輩の背中を見て学ぶという雰囲気で育ってきた世代と、言葉やマニュアルによって伝えてもらわないと理解できないという世代間のギャップもあるようです。

最近、新卒社員が辞めたことがきっかけになって、経営者だけの責任にせず、みんなで作業手順書をつくるといったことを始めており、少しずつ若い人を育てる雰囲気ができ始めています。

また現在、社員の採用については、みんなで話し合って決めていくようにしています。

松田紙業は、社員参画型経営に向けて今、大きく足を踏み出そうとしています。

会社概要

創業 1968年
設立 1970年
資本金 300万円
社員数 13名
年商 1億5000万円
業種 紙やフィルム等のロール状になったもののスリット加工業
所在地 千葉県野田市船形406
http://www.matsuda-shigyou.co.jp

「中小企業家しんぶん」 2010年 9月 15日号より