経済成長のあり方を考える

成長率から「国民福利向上」への政策目標の転換

 菅内閣は、昨年6月18日に「中小企業憲章」とともに「新成長戦略~『元気な日本』復活のシナリオ」を閣議決定しました。しかし、この「新成長戦略」では、中小企業憲章の趣旨どころか中小企業についてもほとんど位置づけられませんでした。なぜなのか。政策当局の認識を問うとともに、私たちから中小企業憲章をもとにした国家戦略・地域戦略を提案していく必要があると考えます。

 この「新成長戦略」では、マクロ経済目標として名目でGDP3%、実質で2%を、2020年までの平均として実現することを掲げていますが、これは容易な課題ではありません。1991年度から2009年度までの平均実質成長率は0・8%ですから、2%に引き上げることは至難の業ではないでしょうか。

 ここで興味深いのは、鳩山内閣のときに出された「新成長戦略(基本方針)~輝きのある日本へ」(2009年12月)ではマクロ経済運営について次のように述べていました。

 「数値としての経済成長率や量的拡大のみを追い求める従来型の成長戦略とは一線を画した。生活者が本質的に求めているのは『幸福度』(Well- Being)の向上であり、それを支える経済・社会の活力である。こうした観点から、国民の『幸福度』を表す新たな指標を開発し、その向上に向けた取組を行う」。

 この部分の記述は、菅内閣の「新成長戦略」では消えています。

 英国の保守党のキャメロン党首(現首相)が、GDPに代わる指標として「GWB(General Well-Being)」を提唱し、フランスのサルコジ大統領も同趣旨の提案をしているとのこと。リーマン・ショックをきっかけに、経済成長が、わが国を含む先進国においては、すでに、望ましい社会を実現するための解決策とはならなくなりつつあるという認識が生まれています。

 実は最近、経済産業省の幹部と研究者が「オルタナティヴ・ヴィジョン研究会」という私的な研究会でまとめた書籍を読み、大いに啓発されました(中野剛志編『成長なき時代の「国家」を構想する』)。

 ここでは、「福利(well-being)」を「自分の人生に対する積極的な評価」と定義し、国民各人の福利の総計(「国民福利(National Well-Being)」と呼ぶ)の向上に資する経済政策に転換すべきであるとしています。

 この経済政策は、肉体的健康、精神的安定、社会的安定、個人の能力の成長、社会的人間関係などといった、福利の向上につながる多様な条件を用意し、維持するために、多面的な制度設計や措置を講ずるものとしています。また、国民福利の観点から問われるべきは、物質・金銭の量的な大きさではなく、生活の質の高さであり、社会的公正や社会的包摂などを重視する経済政策であるとも述べます。

 考えさせられる提起です。この観点から、改めて同友会の中小企業憲章草案や政府の憲章を読み返すと、中小企業の社会的役割が経済政策の対象となりうるなど新たな視点を得ることができます。私たちの国家戦略・地域戦略を検討するヒントになりそうです。

(U)

「中小企業家しんぶん」 2011年 2月 15日号より