【〈シリーズ〉復興】東日本大震災からの復興をめぐる2つの道~慶応義塾大学 経済学部教授 植田浩史氏

東日本大震災と中小企業の課題 ~憲章・条例を本当に有効なものにしていくために~

 8月18日に企業環境研究センター8月例会が東京同友会会議室で開催されました。植田浩史慶応義塾大学経済学部教授の報告を紹介します。

新しい地域の経済・産業・社会を創造する立場で

 月1~4日の日程で岩手県、宮城県の沿岸地域を現地調査しました。震災前から高齢化の進行、企業数の減少、地域社会の衰退という問題を抱えていた地域です。ですから「復興」は単に元の状態に戻すだけでなく、新しい地域の経済・産業・社会を創造していくという視点が必要になります。
 沿岸の被災地はもともと漁業と水産加工業をベースにした産業の集積で成り立っていました。これらが津波で大きく破壊されました。多くの企業は在庫・設備を失い、関連産業も被災したことで全面的な生産停止に陥りました。そうした中で懸命に事業再開をめざす企業に話を聞きました。

実状に見合った緊急例外措置が必要

 事業再開の際にさまざまな問題が立ちはだかります。ある企業は、生産停止にともない一時的に解雇した従業員を再雇用すると、従業員が「再就職支援給付金」をもらえなくなり、再雇用の足かせになっていると訴えました。本来は雇用保険の悪用防止を趣旨とした規定が事業再開の障害となっています。この問題に限らず実状に見合った緊急的例外措置が必要です。また九月の秋サンマ水揚げに向けて設備の再開を急いでいる企業の経営者は、補助金や政策的対応が間に合わず、金融機関も“二重ローン”を警戒して貸し渋っている実態を告発しました。政府ではいろいろとメニューが用意されていることになっていますが、現場での対応とはギャップがあります

関連産業ワンセットでの復興が課題

 復興政策には地域の関連産業をセットで復興する視点が求められます。船は全国から集まってきているのに修理整備工場がないというのではダメです。船が魚を水揚げしても加工工場がないと販売できません。陸前高田の企業は経営していたガソリンスタンドを業種転換して製氷業を始める予定ですが、政策としては復興対象にならないのです。
 地域政策には中小企業支援と地域の産業政策と二つが必要です。しかし被災地の自治体ではどちらも不十分です。とりわけ地域産業政策が決定的に不十分です。

中小企業の立場に立った対策が求められる

調査の中で中小企業対策についてさまざまな指摘がありました。まずスピード感が欠如しており、既存の枠を超えた対応がとれていないというものです。これは行政や金融機関が中小企業の立場にたっていないことの表れです。産業や企業経営の実態認識の欠如も指摘されましたが、中小企業をめぐる実態把握が不足しています。
 また、関連機関・金融機関等の連絡不足も指摘されていました。中小企業支援における地域内諸機関の連携不足の反映でしょう。復興に向かう重要な段階において行政が地域経済や地域産業のビジョンが描けないことへのいら立ちが語られましたが、もともとの問題意識の不足が背景にあります。
 震災後の地域経済・地域産業の方向をめぐる議論として、漁業水産業の再編、漁港の集約化、規制緩和と外からの企業誘致などが議論されています。地域とかい離したところで議論されていることが問題だと思います。地域の状況からスタートした地域の担い手による議論が必要です。

“中小企業振興基本条例があったら”を想定した取組みを

 復興のために、地域における中小企業の役割を踏まえた、国、地方自治体、関連機関のそれぞれの役割を発揮した総合的な支援が求められます。中小企業の側からの問題提起のルートも必要です。同友会は頑張って提起していますが、個人的ルートの場合が多く、行政が受け止める場は必ずしも確立していません。そうした状況の下で何が大切かというと、中小企業振興基本条例があったらできるであろうことを想定して取り組むことです。例えば、中小企業の提起を受け止めてもらえるような場を地域行政につくってもらうこと、地域の関連機関が集まって中小企業をどうしていくか考えていくような場を地域で早急につくりあげていくことです

「中小企業家しんぶん」 2011年 9月 15日号より