【インタビュー】円高問題を考える

明海大学経済学部 准教授 宮崎 礼二氏
(株)木山製作所 代表取締役 木山 智英氏(千葉)

 欧米を中心とした財政不安の中、日本では歴史的な円高状態が続いています。千葉同友会の同友会大学などで講師として活躍している宮崎礼二・明海大学准教授と、千葉同友会会員の木山智英・(株)木山製作所代表取締役に円高問題の背景やその影響などについて伺いました(聞き手 編集部)。

円高の2つの背景

―現在の円高の原因、背景にあるものは。
宮崎 今日の状況には、大きく2つの背景があります。第1は、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)の面で、もともと円高にぶれる条件が整っているということです。その1つは、日本には世界最大の対外資産があり、そのもとになる経常収支の黒字が続いているということです。黒字体質が長期的に円高を支えているのです。
 また、日本経済は長期にわたって停滞し、デフレ傾向が続きました。つまり通貨価値の上昇です。一方、アメリカは緩やかですがインフレ傾向にあり、通貨価値が下がっています。したがって、これも円高ドル安の条件です。

 1985年のプラザ合意以降、円高が日本を襲うと、輸出企業は、国内でのリストラや下請け単価の切り下げを通じた生産コスト引き下げで、競争力を維持する戦略をとってきました。乾いた雑巾をしぼる経営戦略です。それがさらに円高をもたらすことになっています。また、賃金抑制で国内の消費基盤が失われ、足腰の弱いマクロ経済をつくってしまいました。
 円高の背景の第2は、今日的な要因です。最近の世界経済の混乱が円高の大きな原因になっています。円がドルやユーロに比べて相対的に安全性が高いとマーケット(金融市場)が判断しているのです。ヨーロッパでの財政危機やアメリカ国債の格下げなどの中、日本の財政状況も悪いのですが、対外資産もあるし、欧米のように急変の可能性は小さいだろうと、消極的にですが「逃避通貨」として短期的に円が評価されているのです。
 もう1つは、欧米ともに、輸出で景気を浮揚させようということで、ドル安とユーロ安を放置し、円高を容認しています。そのため為替に対して「国際的に協調しよう」とはならないのです。

自社への影響と対応

―木山社長の会社では、円高の影響は。
木山 当社は部品加工の会社です。特にステンレスなどの難削材、つまり加工しにくいものを中心に行っています。私は2代目で、入社して15年になります。
 当社の顧客は輸出産業がメインですので、円高の影響はありますが、「仕事がなくなる」というほどの影響はありません。当社の部品が最終的に使われているのは、主に建機メーカーの設備や食品プラント、自動車部品などです。建機も食品も、世界の中で日本が強い分野です。自動車部品は環境対策が施されている分野に特化しているので、輸出は大変伸びています。そのような顧客についていっているので、お陰様で仕事がなくなるということはありません。ただ、利益的影響はとても受けています。特にリーマン・ショック以降、業績が好転しないのが実情です。
 顧客の企業では、生産の海外移管が進んでいます。量産部品は海外に移り、加工が難しくて管理の細かいものが国内に残っています。特にマーケットがしぼむ中では同業者との競争も厳しいので、特殊な金属の加工を積極的に拾って、何とかやっている状況です。
 台湾や韓国では、当社と変わらないレベルの加工をしています。加工技術だけでは差別化は難しい。会社の組織的な品質管理、納期や変更への対応、顧客の要求へのレスポンスの良さなども含めた技術が必要になっています。
 私が入社した当時は、営業の私以外は全員現場で仕事をしていましたが、今は20数名のうち10名以上が品質管理や生産管理など、間接の仕事をしています。管理能力を高めていかないと受注の確保は難しくなっています。

円高の今後の見通し

―円高の今後の見通しは。
宮崎 今回の円高は財政危機の問題が大きくからんでいます。日本の財政赤字も深刻ですから、今後、マーケットがどう判断するかに依存していると言えます。今はギリシャなどユーロ圏諸国が標的になっていますが、次の標的は日本だとも言われています。そうなれば円安にぶれる可能性は大きいと思います。もっとも、為替は変動するものです。為替だけに目を向けて振り回されると、中長期的な方向性を見失ってしまいます。
 日本の巨大グローバル企業は、盛んに「円高でやりにくい」と言って、為替のせいにしたがりますが、本当に円高の影響を受けているかは疑問です。会計的に、その企業の外国での収益を日本に円で償還するとマイナスの影響が出るという話です。しかし、グローバル企業が、いちいち海外にあるお金を日本に持って帰ってくることはありません。現地で再投資したり、決済を相殺したりしているので、実際には、言われているほど大きな損失は出ていないはずです。むしろ、世界的な景気の減速のほうが、影響大でしょう。
 ただ、円高のもとで海外の部品と日本の部品を競争させ、下請企業のコスト削減を進めさせますから、国内の下請中小企業には大きな影響が出てきます。

求められるソフト力

―木山社長のところは、もともと今のような分野の仕事をしていたのですか。
木山 私が入社した頃は、ステンレスが3割で、残りは鉄や真鍮(しんちゅう)でした。その鉄や真鍮の仕事は海外に行ってしまったので、国内で雇用を維持するためにはステンレスをやらざるを得なかったというのが本音です。顧客についていくために必死で考えたら、必然的に今の分野の仕事が強みとなったというところです。
 当社は今、約30社の企業と毎月取引をしていますが、その100%が中国などの海外へ進出しています。私はこの10年、情報を集めるためだけに毎年海外に行っています。顧客がどの仕事を海外に持っていっているのかを見ると、何が日本に残るか見えてくるのです。
 かつて不況の中、大手企業でリストラが進み、購買担当が数十人から2~3人に減ってしまいました。そこで購買からは図面の束をドサっと渡されて「これでやってくれ」というやり方に変わりました。それまで大手が管理したことを、私たちがやらなければならなくなったのです。今は、ソフト力、管理力、プロデュース力がないところは仕事が全くない状況です。

「中小企業が主役」の国づくりを

―投機マネーの影響も大きいようですが。
宮崎 今、世界経済が振り回されてしまっているのは、投機マネーの時代になってしまっているからです。世界の為替取引額は年間1460兆ドルです。一方、世界の貿易取引額は年間18兆ドルで、為替取引の1・2%しかありません。異常な金融肥大化です。もともと為替取引は輸出入の決済のために行われるものですが、今は99%が資本移動、つまり投資あるいは売り買いで儲けを狙う投機になってしまっているのです。このような状況に対して、EUでも短期的な金融取引に税を課して、投機を抑制しようとの機運が高まっています。金融取引に世界が振り回されている。その一端が円高として現れているのです。

―国の対策としてどのようなことが必要でしょうか。
宮崎 円高は経営や経済の視点だけでなく、国づくりの視点も加味して考えなければいけないと思います。
 たとえば、アメリカのオバマ政権は、まだ成功はしていませんが、中小企業を経済政策の柱として位置づけています。中長期ビジョンとして再生可能エネルギーの地産地消を掲げ、地域の中小企業がその生産と供給を担い、雇用やお金も地域で循環させることを打ち出しています。
 日本では、中小企業憲章はできましたが、まだ実態は見えません。経済がグローバル化する今だからこそ、国づくりの主役は中小企業でなければならない時代がまさに来ています。憲章に実効性を持たせるための政策が求められています。同友会も、そのような経営環境づくりに一層力を入れていただくことを期待したいと思います。

―本日はありがとうございました。

(2011年10月7日収録)

宮崎礼二氏 プロフィール

アメリカCreighton大学卒業後、横浜国立大学大学院博士課程修了(学術博士)。
2005年より明海大学経済学部助教授、2007年より同大准教授。
専攻は世界経済論、アメリカ経済論。

(株)木山製作所 会社概要

事業内容/切削加工業、継手等の製造
設立/1969年
従業員数/28名
所在地/千葉県松戸市松飛台
TEL/047-311-2671
URL/http://kiyamaseisakusyo.co.jp

「中小企業家しんぶん」 2011年 11月 5日号より