震災後停滞が改善するも、底流に潜む環境激変のマグマ

東日本大震災から6カ月時点での経営への影響について【同友会景況調査(DOR)2011年7~9月期オプション調査より】

立教大学教授(中同協・企業環境研究センター副座長) 菊地 進

 中同協・企業環境研究センターでは、2011年7~9月期の同友会景況調査(DOR、956社回答、平均正規従業員数37・0人)のオプション項目として、東日本大震災から6カ月時点での経営への影響について調査しました。その結果について、立教大学の菊地進教授に分析して頂きました。

全国・全業種に及んだ大震災の影響

 同友会では大震災直後、復興対策本部を立ち上げ、いち早く被災地の支援に乗り出すとともに、3月末には、DOR補足調査として『震災後の景況への影響に関する緊急調査』(中小企業家しんぶん4月25日号)を実施した。阪神大震災の経験も踏まえられ、非常に機敏な対応であったといってよい。

 緊急調査は被災地を除く11の同友会で行われ、地域としては、北海道から九州まで全国にわたっていた。その結果、6割を超える企業で売上げ・受注の見通しが震災前の見通しに比べ悪化したことが明らかになった。悪化理由は、「仕入先が被災地にある」49・2%、「被災によって流通経路が絶たれた」31・6%、「顧客が被災地にいる」28・6%、「流通経路が確保できない」15・1%である(図1)。この調査は東北、関東以外の比較的被災地から距離のある同友会で行われており、大震災の影響が全国・全業種に及んだことが分かる。取引の網の目がいかに全国津々浦々に広がってきているかが改めて明らかとなった。

図1 売り上げ・受注見通し悪化の理由(3月末調査)

被災地支援と自社の原点を見つめ直す活動

 緊急調査の見通し通り、4~6月期DOR調査では、売上高DI(売上増加マイナス減少割合%)が1から△15、業況判断DI(「好転」―「悪化」割合)が△3から△21へと低下し、リーマンショック後の回復プロセスが一気に押し戻される形になった。売上が減った原因については、「予約注文が入らなくなった」に次いで、「被災地に間接的な取引先があって」減少したという回答が多く、この点でも取引網の全国への広がりが印象付けられるところとなった。

 こうして、サプライチェーンの寸断や消費の自粛による売上減のみでなく、原発事故の影響による活動停滞や風評被害も発生し、4~6月期は、市場が収縮と混乱を極める事態となった。消費マインドも大きく低下していた。しかし、こうした中でも同友会内では、被災地支援と自社の立ち位置を見つめなおす活動が行われていたことに注目したい。非常に大事な姿勢である。

 「被災地への救援物資を社員と共に集めながら、共生(当社の理念)について話し合った。そして、原発から電力不足、政治の混迷まで話がおよび、節約をテコに、改めて自社の立つ位置を確認して、当分続くであろう買い控えに対して、店頭の工夫や新商品で対応する事を話し合った」(日用品卸、静岡)。

影響残るも、大震災後の停滞は改善し、動き出した実感が生まれてきている

 DOR7~9月期調査では、6カ月後の時点での大震災の影響について調査を行った。その結果、影響は残るものの、震災3カ月後の時点と比べてその割合は小さくなっていることが明らかになった。業種別には、製造業での影響の残り方が最も大きいが、復旧関連の仕事が入ってきていることもあり、建設業での影響ありは半分以下となっている(図2)。

図2 大震災の影響ありの割合

 DOR7~9月期調査で売上高DIを見ると、△15から△6へと改善し、震災前の水準に近づいている。また、震災直後と比較した売上高増減でみると、6月時点と9月時点とでは顕著な改善が生まれている。すなわち、震災後1カ月以内と比較した売上高増減DI(図3参照)は△25から30ポイント近い改善を見せているのである。原発事故収束の見通しが立たず、計画停電も実施される中、すべての動きが止まった感の強かった4~6月期であったが、夏期の節電を乗り越え、9月にはようやく動き出した実感がもたれるようになってきた。

 「自動車関連の部品受付は震災前の状況に戻りましたが、アメリカ経済の落ち込みにより、IT関連が打撃を受け始めています。その影響で来月から半導体関連部品の受注が激減する見込みです」(精密機械部品製造、神奈川)、「震災により消費マインドが変わる。高品質で機能性、実用性に富んだ商品が売れている」(靴卸、北海道)。

図3 大震災直後と比べた売上高増減DI(3月末調査との比較)

円高がもたらす生産・取引構造の変化を見据えた経営を!

 問題はこれで1路回復に向かえるかであるが、震災直後よりすでに懸念される事態が表面化してきた。著しい円高の進行である。2010年の6月末に1ドル80円台に入り、年末には80円台前半に達した。これだけでも緊張が走っていたが、大震災後は1ドル70円台を伺うようになり、この8月には70円台半ばへと一気に進んだのである。円が強くなったというよりは、海外通貨の価値低下によるものであるが、輸出企業にとっては想定レートを大きく上回るものである。

 こうした事態を踏まえ、経済産業省は大企業製造業を対象に「現下の円高が産業に与える影響に関する調査」を8月末に実施した。その結果を見ると、当面の対策としては、「経営努力、製品設計等変更によるコスト削減」、「為替予約によるリスクヘッジ」が多いが、1ドル76円が半年継続した場合は、「コスト削減」に加えて「原材料、部品の海外からの調達量増加」を進めるとともに、「生産工場や研究開発施設の海外移転」を実施するとの回答が多くなっている(図4)。

 この調査からすでに3カ月が経過しているが、円高が収まる気配はない。そのため、大企業製造業が取引先企業に一層のコストダウン要請をしてくるとともに海外展開を加速させていくことは間違いなく、中小企業においてもその動きを見据えた経営が必要になっている。

図4 1ドル76円の為替レートへの大企業製造業の対応(2011年8月経済産業省調査より)

業界や大企業、国の政策の動きへの注視が不可欠!

 大震災についていえば、復旧に関する対処こそあれ、復興へのめどはまったく立っていない。がれき処理、仮設住宅についても大手への丸投げが目立ち、地元企業を育てる視点が打ち出されているわけでない。原発事故の収束もままならず、それどころか既定路線を守ろうとする動きが続いていることが日々明らかになっている。その一方、復興財源確保のための企業、個人への負担増の環境づくりには余念がない。

 復興政策の方向性は依然不透明であるが、世界経済の不安定性が増す中、日本経済が震災後停滞から動き出してきたことは間違いない。しかし、視界は不良である。こうした、全体がどのように動くかわからない時こそ注意が必要である。自業界のみならず、他業種や大企業、国の政策の動きをしっかり見据え、社員とともに自社の立ち位置をしっかり確認していくことが大事になっている。

「中小企業家しんぶん」 2011年 11月 15日号より