2012年、世界と日本経済の激動にチャンスを見出し、同友会型企業づくりの実践で飛躍を

「年頭 中小企業経営の展望レポート 2012」座談会概要

 中同協企業環境研究センターが行った2012年の中小企業経営を取り巻く情勢についての座談会の概要を紹介します。全文はこのほど発行された「年頭 中小企業経営の展望レポート2012」をご覧ください。中同協ホームページの「調査・研究」コーナーにある「発行物」のページよりダウンロード・閲覧できます(無料)。
https://www.doyu.jp/research/issue/

出席者(敬称略)

吉田敬一 駒澤大学経済学部教授
菊地 進 立教大学経済学部教授
植田浩史 慶応義塾大学経済学部教授
阿部克己 愛知東邦大学経営学部准教授

Ⅰ 問題提起

1 激動する世界経済と日本の行方

慶応義塾大学経済学部教授 植田 浩史

 いま起こっている欧州債務危機は、リーマン・ショック後の景気回復に巨額の政策的資金を投じて財政赤字が巨額化したことに端を発しています。そして巨額の財政資金を投入して国内の景気・雇用の回復に努めても、その効果が出にくい状況に陥っています。その理由は、先進国社会が高齢化によって慢性的に社会保障支出が拡大する構造になっている一方、経済成長率が低下しており「高債務・低成長」状態に陥っていること、そして、グローバル経済の展開と新興国の急成長によって、世界の余剰マネーが新興国にどんどん流入してバブル化していることです。

 実体経済に与える影響としては、欧州への輸出や、欧州と経済関係の深い地域であるアメリカや新興国などへの影響は避けられないでしょう。また財政危機は多くの先進国政府共通の問題であり、日本でも「税と社会保障」の一体改革を政府が強調し、消費税増税などが叫ばれるのも欧州危機で示された問題と深くかかわっています。こうした状況は、国内の個人消費を抑制させることになり内需に影響を与えることになります。

 2012年、欧州危機の山は年初から何度も襲ってくることが予想されます。こうした状況に対して、企業は慎重な対応を取り、できるだけリスクを回避するでしょう。長期的な対応を避け、状況の変化を見定めながら、短期的な対応で進んでいくのではないかと思います。一方で、欧州危機の影響を受けたとはいえ、世界経済をリードする新興国経済の動向が重要です。BRICs並でインドネシア、新・新興国あるいは新・新・新興国としてミャンマーなど新たな国が加わっていることなど、その対象や範囲、見方についても改めていく必要があります。新興国経済の輸出依存、バブル依存の側面と同時に、内需は拡大しており、内需中心の成長に移行できれば新興国の成長は続くと考えられます。

 2011年は、ドルとユーロに対する円高が最大の問題でした。ドルとユーロについては、2012年も急速に状況が改善するとは考えられないので、しばらく円高は続くものと考えられます。円高は、当然輸出産業に影響を与えます。国内生産を不利と考え、海外への生産移転を図ろうとする企業が増えるでしょう。こうした海外展開の加速が日本経済に与える影響についても注視する必要があります。

2 東日本大震災で露呈した日本経済の問題点

駒澤大学経済学部教授 吉田 敬一

 橋本・小泉内閣では「構造改革」の名の下に市場原理主義が推進されましたが、市場原理主義も二重構造化しているのが実態です。大企業については政府に管理された市場原理主義といえます。原発事故の復旧現場作業を見ると、実質的には7次、8次まで下請けがあるにも関わらず、東電が認めているのは3次下請けまでで、それ以外については闇の中です。現場の苦しい作業は無権利状態の中小企業や日雇い労働者が依然として活用されています。もっとも先端的な技術が活用されており、日本を代表する大企業が関わっていても、利潤蓄積の方法は、旧態依然たる日本独特の下請け制度が悪用されていたことが明らかになりました。

 また復旧過程にも二重構造化が見られます。帝国データバンクによる被災3県の企業の被災実態調査(2011年6月時点)を見ると実態不明の企業が4割弱存在します。その一方で同時期には、大企業の生産拠点が次々と復旧を果たしていました。地域密着で地域の大部分の雇用を支えている中小企業への復旧支援が手薄になっていました。

 大企業や日本経団連が考えている方向性は政府が発表した「新成長戦略」に代表されています。グローバル展開企業を支援することが基礎になっていて、そのなかでTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の議論が出てきています。日本は既に12カ国とは2国間でEFTA(自由貿易協定)かEPA(経済連携協定)を結んでおり、これを利用した形で、日本の大企業は生産拠点をEFTAの国々に移転しています。EFTAやTPPに加盟しても、日本からの輸出が増えることには直結しません。むしろ海外からの逆輸入が増えます。

 内閣府はTPP加盟の経済メリットを10年間で2兆7000億円と発表しました。しかし、1年間で2700億円程度の効果しかないこと、中小企業・国民経済にもたらされる悪影響を考えると加盟のメリットとはいえない金額です。

3 中小企業景気の底流に潜む環境激変のマグマ

立教大学経済学部教授 菊地 進

 2000年代の景気をふり返ると、2002年初をボトムとするIT不況を経て、2003年ごろより大企業の景況感は順調に回復してきました。これを牽引してきたのが大企業の輸出でした。一方、中小企業景況の各調査ではかろうじて水面に浮上するか、水面下に深く沈んだままでした。戦後最長の景気上昇などと称されたこの時期に、実は大企業と中小企業との景況感の格差がはっきりと生まれてきていたわけです。リーマン・ショックの前の時期にも、大企業の景況は2007年いっぱいまで持ちこたえていましたが、中小企業景況の方は2007年初にはすでに後退が始まっていました。まさに、中小企業へのしわ寄せから景気後退が始まっているわけです。

 2008年10~12月期以降、リーマン・ショックが起こりわが国も急激に経済活動の停滞に陥りました。その後、2009年1~3月期をボトムに大企業景況は急回復に入り、一見V字回復の様相を呈しました。中小企業景況もそれに従って一定の改善を見ました。しかしそれは1年余りのことで、2010年4~6月期ごろより生産の回復が頭打ちになりました。輸出にブレーキがかかってきたためであり、その背景には急速に進んできた円高傾向があります。

 2011年の年初は円高により輸出が厳しくなり、出荷の鈍化が始まり景気は在庫調整入りの一歩手前まできていました。実際、2011年1~3月期DOR調査の震災前回答では、はっきりと後退した姿が捉えられていました。

 そうした中で2011年3月11日に東日本大震災に見舞われました。DORの震災発生後の影響調査結果では、4~6月の見通し悪化が6割にのぼり、そのうち5割が「仕入れ先が被災地」にあり、3割が「流通経路が絶たれた」というものでした。

 計画停電、夏の節電を経て、緊急措置としての復旧がある程度進み、9月時点の7~9月期DOR調査では各指標が震災直前のところまで戻ってきました。また、10~12月期にはさらに進みリーマン・ショック後の最も高い水準にまで戻ってきました。ただし、その主な要因は、復旧需要、代替需要、得意先の正常化などで、これまで止まっていたものが動き出したという面が強く、新たな上昇とは言い難いところがあります。

 そのため、鉱工業生産全体でみても、出荷の伸びが前年同期水準のまま在庫がやや積みあがるところで揉み合いが続いています。この停滞は、欧州危機により夏以降さらに円高が進み、輸出の鈍化が起きてきたことによります。また、タイの洪水により部品供給が一時途絶えたことも原因となっています。こうした中で、欧州債務危機の深まり、円高の更なる進行、輸出企業の海外展開、復興に伴う税負担増、エネルギー負担増などへの懸念から、DORの2012年1~3月期の業況見通しは大幅悪化を示しています。

4 デフレ脱却の方途はどこにあるか

愛知東邦大学経営学部准教授 阿部 克己

 2011年12月に国家戦略会議(議長・野田佳彦首相)が発表した「日本再生の基本戦略」で注目すべきは、これからの経済フロンティアを開拓するために、中小企業の中身づくり(潜在力)と起業家精神を盛りたてることを結びつけて、民間の活性化につなげることが謳(うた)われていることです。これを実際にどういう形にしていくのかが特に大事な点です。中小企業のイノベーションや新産業・新市場をつくる力を強めていくことが、「デフレ脱却」のいちばんの道ではないかと私は捉えています。

 そういう意味では、中小企業の潜在力・経営力を伸ばすことと、中小企業憲章の具体化とを絡めることがとても大事なことです。円高の傾向は続くことが予想されます。中小企業も海外進出をかなり本格的に考えなければいけない時代に入っています。海外進出しないところは、中小企業ならではの産業に対する深掘りと言いますか、内需に向けて掘っていくことが大切です。それぞれ発想の転換が求められている時代になりました。

 世界経済の在り方については私はかなり悲観的に考えています。現状はリーマン・ショックからも抜けきっていない状況だからです。現在の欧州の状況になったのにはリーマン・ショックの時に巨額の財政出動をしたことがあります。リーマン・ショックが終わったようには見えるけれどもいろんな形で影響は残っているので、まだ終わっていないとみなければなりません。日本経済もそういう枠組みで考えることが大切だと思います。

 デフレ脱却の方策というのは、100年に1度の大きな不況が続く影響下で、産業の在り方が根本的に問われているということです。大企業も中小企業も問われています。ここに目をつけて新しいことを発見する、その局面が今なのではないかと考えています。いまこそ企業家精神を発揮すべき時ではないでしょうか。

Ⅱ 討論

円高、欧州危機を注視しながら経営のかじ取りを

阿部 円高は75円よりさらに進行するのではないかと思います。日本政府は「経済見通し」で2012年度は77円50銭くらいにみていますが、各国政府の協調で欧州債務危機が安定するという前提での数字です。これは楽観的すぎると思います。

吉田 円高に加えて、欧州危機の先行き見極めが重要です。日本を除く東アジア10カ国の銀行融資にEUから1兆4000億ドル入っています。2011年・2012年の借り換え需要は3兆ドルあると言われておりその半分は欧州分です。EUの金融機関が自己資本比率を守るために融資の早期回収に動き始めると、アジアの国が1997年の金融危機のときのような状況に陥る可能性が出てきます。日本の輸出の半分以上はアジア向けですから、状況によっては輸出減退の可能性があります。

菊地 国内経済の課題では、原発事故収束の見通しが立たないことから、活動拠点・取引先の見直しを進める企業も出てくると思います。大事なのは震災後、かなり多くの人たちが今後の日本経済や日本社会のあり方を真剣に考えるようになってきていることです。それに応えるような政策や企業対応が求められていると思います。今後のエネルギー確保のあり方と国内で求められる事業活動をどのようにしていくか、力のある中小企業がこうした議論をリードしていくことが大事だと思います。

植田 日本経済の可能性を考えるとき、中小企業の役割は非常に重要です。この間、日本企業は新たな付加価値をもつ商品がつくれなくなってきました。「機能的価値」に加えてこれからは「意味的価値」をもつ商品が重要になります。意味的価値は、顧客の側が商品に対して主観的に意味づけることで生まれる価値、客観的数値で量的評価できないようなものです。意味的価値を提供しやすいのは中小企業です。中小企業がそれぞれ意味的価値を追求して、新しい市場、新しい製品を供給することが可能になっていく、その積み重ねが日本経済にとって重要になってくると思います。

地域資源に着目し、世界の市場を視野に入れて

吉田 国内経済が縮小するなかメイド・イン・ジャパン型の輸出も考えなければなりません。中小企業の観点からは、アメリカの輸出倍増戦略が本質であるTPPではなく、アジアが柱となった平等互恵の貿易圏構想である東アジア「広域FTA」構想の方がメリットがあります。そしてアジアの中でのブランド市場をねらい、地域資源を生かしたモノづくりを担うのが地域密着の中小企業です。仕事が来るのを待っているだけでなく「プロダクトイノベーション型」に転換することで大きく成長する中小企業が出てくるのが今日の時代です。

菊地 中小企業が役割を発揮できる地域づくり・まちづくりのためには地方行政の役割をしっかり評価することが大事です。東日本大震災や台風などの自然災害の発生により公的部門の役割が改めて注目されています。情熱と技術力を持った自治体職員の養成が必要です。また自治体の基本計画づくりに際しては立案段階から関与し、できれば産学連携の体制をとりながら関わり、作成に際しての達成感を共有できるようにすることが大事だと思います。それがその後の行政との持続的連携につながると思います。

植田 中小企業振興基本条例の制定が広がっています。重要なのは条例制定のプロセスや制定後の仕組みができるかどうかです。先進的な条例の役割を再確認して、そのプロセスや仕組みを一般化して他の自治体でも活用できるようにしていくことが大切です。また自治体の産業振興をめぐって、地域の中小企業を核として産業振興を図る取り組みが出てきており、こうした取り組みと条例の取り組みを関連づけていくことが必要です。

同友会型企業づくりが経営戦略の基本

阿部 リーマン・ショックの後、経営指針が浸透していたかどうか各企業が問われました。仕事が急減して時間ができたときに、次の飛躍に向けてこれまでの歴史を見直したかどうかです。今日のような先の不透明な時代が次の飛躍へのバネになる時期と言えます。激動の情勢を次への飛躍のチャンスにしていただきたいと思います。

菊地 2010年の中同協の「価格と取引関係特別調査」では、相手が大手であるほど販売単価の引き上げ、仕入れ単価の引き上げがあることがわかりました。自社の直接の取引先だけでなくその先まで情報をしっかり持って取引構造を把握しておくことが大切です。さらには、海外との取引、海外展開が課題となってきます。課題山積ですが、観察と研究と技術向上、そして社員教育がセットでますます大事になってきます。

吉田 震災の被災直後から社員が自主的に店舗での営業を再開した事例に感動しました。社長だけでなく社員も「わが社の存在意義は何か、何をしなければならないのか」と考えて動いていたのです。それができるために「同友会の3つの目的」、「中小企業における労使関係の見解(労使見解)」、「経営指針づくり」の一体となった実践が欠かせません。それぞれの地域特性を活かして、なくなったらお客が困るという会社づくりにまい進することが持続的経済をつくることにつながります。

植田 「意味的価値」の追求と同時に3つのCの対応が重要です。1つ目は事業の方向性や戦略、発想そのものの転換(Change)、2つ目は新しい価値や新しいモノ、新しいサービス、新しい市場創造(Creation)、3つ目は新しいネットワークをつくる連携(Collaboration)です。この3つのCに意識的に取り組んでいくことが今日の中小企業にとってとても大事です。

「中小企業家しんぶん」 2012年 2月 15日号より