TPP―中小企業・地域経済への影響は!? 京都大学大学院教授 岡田 知弘氏に聞く

【特集】中小企業に迫る危機―TPP参加・消費税増税の問題点

 安倍首相がTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加を表明し、日本と関係国との事前協議が合意に達しました。TPPが締結された場合、中小企業や地域経済にどのような影響が生じるのか。京都大学大学院経済学研究科の岡田知弘教授に聞きました。(編集部)

中小企業に大きく関わる交渉内容

 TPP交渉参加をめぐる安倍首相の言動やそれをめぐるマスコミの報道ぶりを見ると、まるでTPPが農業問題であるかのような印象を受けます。しかし、TPPは農産物の関税撤廃条約ではありません。物品やサービス、知的所有権、投資、労働など21分野の交渉パネルがあり、農産物はその中のひとつに過ぎません。

あらゆる工業製品が関税撤廃対象

 あらゆる工業製品が関税撤廃対象の品目になっており、当然、中小企業のつくっている全製品が含まれます。サービスの分野では、弁護士事務所や会計事務所の仕事などについても非関税障壁撤廃の対象となると考えられます。金融サービス分野も重視されており、中小企業の経営や地域経済を支える役割を担ってきた共済、信用金庫などの地域金融機関についても、郵政に次いでアメリカの金融資本の市場開放要求の対象となっています。

健康・安全への不安

 国民の健康や安全な暮らしを守るための食品安全規制や原産地表示規制なども、非関税障壁の典型として問題になってきます。BSE(牛海綿状脳症)問題に関わって、日本は牛肉の輸入規制を行ってきましたが、事前交渉の過程にあった本年2月に規制を撤廃してしまっています。国民の健康に関わる問題であり、食品を扱っている企業や商店にとっても、顧客に安全安心な食品を提供できなくなる恐れがあり、大きな不安要素になっています。

 医療・薬品の自由化も重要なターゲットになっています。アメリカでは営利病院が認められていて、これを日本でも展開したいという進出圧力が強まっています。これを許せば日本の国民皆保険制度を崩壊させることになり、医師会は強く反対しています。

 また、日本は世界でもトップクラスの医薬品の消費国ですが、医薬品の認可についてはとても厳しくなっています。これに対して、アメリカで許可された医薬品なら自動的に使えるようにしてほしい、という要求があります。しかし、アメリカの人々の体質・体格と、日本人のそれは異なり、薬害の恐れがありますので日本では厳しく審査しています。これさえも企業活動の障壁だという考え方です。また、知的所有権による収益を確保するために、ジェネリック薬品の使用を制限するよう要求しており、そうなれば医療費の負担が増大することにもなります。

 そして、このアメリカの薬品メーカーの中には日本の多国籍企業の現地法人も入っています。そのような構図から見ると、アメリカ対日本という対立構造ではなく、「多国籍企業」対「国民の健康、安全なくらし、中小企業の経営の持続性」の問題としてとらえることができるのではないかと思います。

懸念される中小企業振興条例への影響

公共事業への海外企業参入

 もうひとつ問題になってくるのが、政府調達です。これには中央政府だけでなく地方自治体も含まれます。現状でもWTO(世界貿易機関)協定の中で、国や都道府県、市町村が公共事業を発注する時に、一定金額を超えると国際入札が義務付けられています。TPPになるとこの最低価格がもっと低下すると考えられます。TPPの先発グループであるP4という4カ国の協定では、物品調達やサービス調達についての国際入札基準は600万円台、建設工事では6億円台です。今回の拡大TPPでは、建設工事、物品、請負サービスの発注に関わる国際入札基準は、そのラインまで下がってくる可能性があります。そうなれば全ての市町村レベルの公共調達でも、地元中小企業がTPP圏内の海外企業との価格競争にさらされることになります。

 中同協や各同友会では中小企業振興基本条例をつくり、中小企業憲章の国会決議を進めようという運動をしています。しかしTPPが締結されれば、国内・地元中小企業を優先した工事発注や受注機会の拡大、地産地消などを中小企業振興基本条例で掲げていても、実質的に発動できなくなり、条例自体が問題になる恐れもあるということです。

 このTPP交渉でもう1つ注目されているものにISD条項があります。投資家と国家の紛争処理の条項ですが、例えば海外の多国籍企業にとって受注機会が喪失する、あるいは何らかの投資機会の障壁となると認識された場合、国際紛争処理機関に訴えることができるという取り決めです。これまでアメリカが結んだ自由貿易協定にあるISD条項で国際紛争になった場合、圧倒的に多国籍企業側が勝っています。

「地元優先発注」が困難になる可能性

 中小企業振興基本条例や公契約条例で「大企業の役割」や「地元優先発注」を盛り込んだ場合、ISD条項によりTPP違反ということで国際法廷に訴えられる可能性があります。「地元優先発注」ができなくなれば、仕事の機会が減るだけでなく、中小企業のみなさんや住民が納めた税金が自分たちのところに循環するのではなくて、海外の企業や国内大手企業に流れてしまいます。

 つまり、地域経済を元気にするために中小企業の育成を図っていこうという中小企業振興基本条例の根本精神が完全に崩されてしまうのです。中小企業との関係で言えば、ここに根本的な問題があるのではないでしょうか。

 このように、TPPは農業の問題だけではなく、中小企業の問題でもあり、国民生活全体に関わる問題でもあるのです。

主権尊重し対等な通商協定を

表 TPPの交渉分野

 アメリカ法と日本の法体系はまったく違うという問題もあります。条約と国内法の関係でいうと、アメリカ法の場合は、国内法が上に立ちます。つまり条約が結ばれてもそれを国内法として遵守する必要はないわけです。

 ところが日本は、条約が上に立ち、国内法はそれに従う関係です。したがってTPP条約が結ばれた場合、日本はそれに完全にしばられてしまうことになります。しかしアメリカ国内では、それにしばられずに産業保護を続けることができるのです。TPPが不平等条約と呼ばれるゆえんでもあります。

不透明な交渉内容

 TPPについてあまり情報が流れていないという問題もあります。元々交渉のルールとして交渉中の情報は直接利害関係者以外一切出さない、国会にも明らかにしないということが約束されているうえ、条約締結後4年間は国民に対しても公開してはいけないというルールがあります。したがって何がどのように決められているか、まったくわかりません。国民主権も国家主権も完全にないがしろにされているのです。

 このことは、TPP事前交渉をめぐる日米合意にも現れています。アメリカが発表した文書には、関税撤廃の例外を認める一文はありませんし、非関税障壁分野での協議を日米間で続けることを明記していますが、日本政府は都合の悪いことは隠しています。しかも交渉結果は、ご存知のようにアメリカへの一方的な譲歩となっており、本交渉に入った場合、国民が知らないままに重大な取り決めがなされる可能性大です。

地域経済全体に影響

 政府は、TPPに参加した場合、農業にマイナスがあっても全体としてはプラスになると試算しています。しかし、これは主要な農産物、自動車、家電関係などで関税撤廃をした場合にどうなるかを計算しただけです。

 農業を考えても、農家だけではなく、倉庫業、流通業、加工業などの関連産業がつながって、地域経済が成り立っています。北海道が典型です。その一番の基盤のところが崩壊するのですから、地域経済全体への大きな影響が考えられます。しかし政府の試算は、その波及効果分析がなされていません。さらに非関税障壁に関しては一切計算していません。

 日本は決して鎖国状態ではありません。むしろ各国の主権を尊重した対等な通商協定こそ必要なことです。将来にわたる「国民益」を第一に考えて、今年末に予定されているTPP協定締結を認めるかどうか、私たちは賢明な判断をする必要があります。

「中小企業家しんぶん」 2013年 5月 5日号より